天皇陛下の退位、攻防9年 官邸難色、宮内庁も当初慎重

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大久保貴裕

 天皇陛下が2010年に退位の意向を周囲に明かしてから9年弱。この間、退位を認めるかどうかをめぐり宮内庁と首相官邸の攻防があった。退位特例法についての有識者会議や国会の議論、皇位継承日程をめぐる折衝を経て、ようやく新しい元号の発表を迎えた。

 10年7月22日夜。陛下は、当時の羽毛田信吾宮内庁長官らが集まる参与会議で「このままでは天皇の務めを果たせなくなる。その前に、私は譲位すべきと思っている」と初めて退位の意向を明かした。当時76歳。胃や十二指腸の炎症もあり、80歳を区切りとしたいとの趣旨だった。

 ところが、その意向が首相官邸に伝えられるまで、5年を要した。退位という仕組みがなく、宮内庁が慎重だったためだ。15年12月の誕生日にあわせた記者会見で、陛下は「年齢というものを感じることも多くなり」と発言。宮内庁内には、この会見で退位の意向を表明する案もあったが、今度は首相官邸が難色を示した。

 明治時代に定まった「終身在位」の原則は、退位が時に政争の具ともなった歴史を鑑みた制度だ。政府関係者は「退位は本来あってはならない」と話す。政権は退位の回避とともに、憲法や当時の法律の枠組みの中で陛下の負担を軽減する方法として、国事行為を代行する摂政の要件緩和や公務縮小の代替策を探った。

 事態は翌16年に大きく動く…

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