松橋事件、殺人罪に無罪判決 熊本地裁「犯罪証明ない」

杉山歩 一條優太
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 1985年に熊本県松橋(まつばせ)町(現・宇城市)で男性が殺害された「松橋事件」で殺人罪などに問われた宮田浩喜(こうき)さん(85)のやり直しの裁判(再審)の判決公判が28日、熊本地裁であった。溝国禎久(よしひさ)裁判長は「宮田さんが殺害の犯人であることを示す証拠はない」として、殺人罪について無罪を言い渡した。

 熊本地検が同日、上訴権を放棄したため、無罪が確定した。弁護団は今後、地裁に刑事補償金を請求する方針。国家賠償請求訴訟については未定という。

 宮田さんは高齢などのため出廷できなかった。判決後、弁護団は宮田さんが住む熊本市内の高齢者住宅を訪問。「無罪が認められました」と報告すると、涙ぐみ、弁護士の手を握り返したという。

 判決はまず、事件発生から再審開始が確定するまでの経緯を説明。捜査段階で「自白」した宮田さんは、公判中に否認に転じたが、自白の信用性が認められて有罪判決が確定した。その後、宮田さんが「犯行後に燃やした」と供述したとされるシャツの袖が見つかり、成年後見人の弁護士が2012年に再審を請求。熊本地裁は16年、「自白については、有罪を維持できるほどの信用性を認められない」と再審開始を決定し、18年に確定した。

 再審公判では、有罪立証の柱だった自白調書を調べなかった。溝国裁判長は理由として、再審請求審で自白の信用性が既に否定され、検察も有罪の立証をしなかったと説明。「相当の時間をかけて自白の信用性を改めて検討しても、請求審と異なる結論に至るとは想定し得ない」と述べた。

 さらに、弁護団が宮田さんの年齢や体調を考慮して迅速な判決を求めていたなどとして、「可能な限り速やかに判決を言い渡すことが最も適当」と指摘した。

 溝国裁判長は「犯罪の証明がない」と結論づける一方、宮田さんへの謝罪や過去の裁判で判断を誤ったことへは言及しなかった。形式的に審理対象になった銃刀法違反罪などについて、懲役1年(求刑2年)としたが、収監はされない。(杉山歩、一條優太)

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 〈松橋事件〉 1985年1月、熊本県松橋町(現・宇城市)の町営住宅で、住人男性(当時59)が遺体で見つかり、知人の宮田浩喜さん(85)が「自白した」として殺人容疑で逮捕された。一審・熊本地裁での公判中に否認に転じたが、90年に最高裁で懲役13年の刑が確定した。

 弁護団は97年、検察が開示した証拠の中から、宮田さんが「犯行時に凶器に巻き付けて使った後で燃やした」と供述していたシャツの左袖を発見。凶器とされた小刀と傷口が一致しないとする鑑定結果も得て、2012年に成年後見人の弁護士が再審請求した。熊本地裁は16年、自白の信用性が揺らぐとして再審開始を決定。18年10月に最高裁が検察側の特別抗告を棄却、再審開始が確定した。

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 日本弁護士連合会は28日、松橋事件の再審無罪判決について、「検察官の証拠調べ請求を却下し、速やかな無罪判決を言い渡した熊本地裁の判断を高く評価する。宮田氏は、現在85歳の高齢であり、事件発生から34年が経過していることを踏まえると、救済にはもはや一刻の猶予も許されないのであって、検察官に対し無罪判決に対する上訴権を放棄するよう強く求める。宮田氏のような冤罪(えんざい)を防止・救済するため、取り調べ全過程の可視化、再審請求事件における全面的証拠開示をはじめとした制度改革の実現を目指して、全力を尽くす決意だ」との会長声明を出した。

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 熊本地検の江口昌英・次席検事は28日、「本件においては、検察官としても、殺人の公訴事実につき、被告人が有罪である旨の新たな主張・立証は行わないこととし、裁判所に適切な判断を求めていたものであり、その点を踏まえて裁判所が判断をしたものと考える。今後とも、基本に忠実な捜査を徹底してまいりたい」とのコメントを出した。

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