店員の声かけ怖い? 消費者心理の法則「崩れた」背景は

ニュース4U

高橋大作
【動画】#ニュース4U取材班に届いた「服屋の声かけが苦手」という声。ショップ店員や専門家を取材し、その背景を探った=高橋大作撮影

 「私、服屋で声かけられたくない派やねん」。大阪・ミナミのレストラン。読者の困りごとを募って取材する朝日新聞「#ニュース4U(フォーユー)」取材班の記者が、隣の席にいた若い男女のそんな声を聞いた。女性は話し続けた。「私は1人で見たい派。ほっといてほしいねん」

 ツイッターで検索すると、「なんで服屋の店員は目が合うと迫ってくるの?」「店員に話しかけられるのが怖い」といった声がいくつもある。

街の若者に聞くと…

 「グリコサイン」の看板で有名な道頓堀を行き交う若者たちに、服屋での店員の声かけについて尋ねてみた。「買え、買えと追い込まれていく感じが苦手」「声をかけられないようにイヤホンを着けて店に入る」との声があがった。

 「声かけられたくない派」の人たちが結構いることについて、大阪府内のショッピングモールで、ある服屋の女性副店長に聞いてみた。「『見ているだけです』と伝えてくだされば、話しかけませんよ。ただ、アイコンタクトがあったとき、すぐに伺えるように遠巻きに見守ります」

声かけ「売り上げに直結」

 そもそも、なぜ客に声をかけるのか。副店長はこんな効果を話してくれた。「万引きを防げるし、買う気がない客に出て行ってもらえる。商品を買ってくれるお客様のために良い環境を保てるんです」

 東京・渋谷のアパレル店で働く20歳の女性店員もこう話した。「ガンガン話しかけた方が確実に売り上げは伸びます。売り上げが出世に直結するので、声かけをやめることはないですよ」

 声かけは本当に売り上げにつながるのか。関西大学社会学部の池内裕美教授(消費者心理)によると、消費者の心理プロセスを表す「AIDMA(アイドマ)の法則」に従えば、店員の声かけは「理にかなっている」という。

AIDMAの法則とは

 まず、店員の声かけで「注意(Attention)」を引き商品を認知させ、似合っている、流行しているといった情報を与えて「興味(Interest)」を持たせる。そして、欲しいという「欲求(Desire)」を感じさせて、商品を「記憶(Memory)」させる。さらに試着という「行動(Action)」まで引き込めば、一気に購入に近づく。

 だが、1920年代に米国で提唱されたという「AIDMAの法則」は、ネットやSNSの登場で「前提が崩れた」と池内教授はみる。「情報を効率的に集められるようになり、かつて情報源だった店員の声は、余計なノイズ(雑音)になってしまった可能性がある」

情報収集、ネット中心に

 共立女子短大で若者のファッションを研究する渡辺明日香教授(現代ファッション)は、若者が店員との会話よりネットに頼るようになったのは、2008年ごろからと指摘する。iPhone(アイフォーン)が日本に上陸し、リーマン・ショックが世界を経済不況に陥れた年だ。

 「不況で雑誌の休刊が相次ぎ、若者はファッションの情報をネットから得るようになった。ネットでは、自分のフィルターを通して物を見る。そのため意外性のあるファッションに挑まなくなり、思いもよらないアドバイスをする店員は必要なくなったのではないか」

客が店員の声かけを必要としなくなった今、店側も対応を探っています。「声かけ不要」バッグを導入した店がある一方、店員たちを「インフルエンサー化」してSNSで固定ファンを獲得する店も。記事後半で詳しく紹介します。

 この頃、H&Mやフォーエバー21など、低価格の衣料品を多く販売する「ファストファッション」が相次いで上陸。ユニクロも急成長した。渡辺教授によると「ファストファッションの店では、マネキンやポスターでコーディネートを示し、あらかじめ全てのサイズを棚に並べる。店員が声をかけなくても、客が目で見て買い物できるよう徹底している」のだという。

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「声かけ不要」バッグ

 客が店員の声掛けを必要としなくなった今、店側も対応を模索している。

 セレクトショップのアーバンリサーチは17年5月以降、全国23店舗に「声掛け不要」バッグを導入した。店頭に置いた青い透明の手提げバッグを持った客には、声をかけない仕組みだ。「お客様の選択肢になればと導入した」と担当者。

 服のデザインや販売を教える大阪文化服装学院(大阪市淀川区)で、声かけを拒む客に対する接客の練習を見せてもらった。

 客役の学生が、「店」に足を踏み入れる。

 「いらっしゃいませ!」。店員役が元気に声を出すが、客の反応はない。少し距離をとって横目で様子をうかがう。つるされたジャケットに客が手を伸ばした瞬間、一気に距離を詰め、「本日、ご来店ありがとうございます」。目を合わせずにうなずく客に、店員は「合わせたいものがあったら言ってくださいね」と声をかけ、再び距離を取る。

格闘技のような接客練習

 観察、接近、撤退を繰り返しながら、客との距離を縮める。その様子は、さながら格闘技のようだ。

 店員役の下迫優乃(しもさこゆの)さん(19)は以前、客として服屋で店員に話しかけられるのが苦手だったという。だが、1人で買い物に行った店で優しい店員に出会い、考えが変わった。「前はおしゃれに関する知識がなくて、店員に話しかけられると緊張した。楽しくおしゃべりしてくれた店員さんにあこがれて、自分も販売員の道を目指しました」

 同学院でアパレル経営を教える講師の石川真理子さんは、店員の「インフルエンサー化」に注目している。「インフルエンサー店員」は、自分の店の商品を身につけて写真を撮り、ブログやSNSで発信する。「物を売るのではなく、『会える』『同じ服を身につけられる』という体験を売っている」と石川さんは説明する。

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店員が「インフルエンサー」

 「やみくもに声をかける店員」から、「声をかけられる店員」へ――。そんな狙いを体現する店が、大阪・ミナミのアメリカ村にあった。

 13年にオープンした古着屋「サントニブンノイチ」。パステルカラーの古着をリメイクした商品が人気を呼び、原宿や名古屋にも出店。ネットでは「サンニブ系」という言葉が生まれた。

 三角公園の向かいの雑居ビルにある大阪店をたずねると、店長の藤田日和(ひより)さん(22)が笑顔で迎えてくれた。「服を売るための声かけはしません。私も声をかけられるのは苦手なので」

 店の特徴は「接客をしないこと」。それでもお店には、若者だけではなく、赤ん坊を連れた母親や、高齢の女性も訪れる。

 「それぞれの店員にファンがいることがうちの強みです」

接客しない、でも固定ファン来店

 サントニブンノイチの店員は約20人。それぞれ自分のツイッターやインスタグラムを持ち、フォロワーの合計は30万人を超える。期間限定で店員の働く店を入れ替える「シャッフル企画」や、店員がモデルを務めるファッションショーも開催。高校生の頃からアメリカ村に通っていたという藤田さん。最近少なくなった若者たちを、もう一度この街に呼び戻すことが目標だという。

 「目指すのはふらっと遊びに来られる部室のような場所。服を売ることにこだわらず、お客さん同士がつながれるような場所にしたい」

 声をかけられるのが苦手という人は、まずはお気に入りの店員を見つけてみてはどうだろうか。(高橋大作)

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