特派員リポート 津阪直樹(ブリュッセル支局長)

 インターネットの世界を大きく変える可能性を秘めた、著作権法改正の動きが欧州連合(EU)で進んでいる。音楽家や報道機関といった著作権者の権利強化を狙った「著作権指令改正案」だ。欧州議会で9月に可決され、来年にも正式に成立しそうだ。表現の自由への懸念をはらんだ改正案は、元ビートルズのポール・マッカートニーさんやインターネットの創始者が賛否を表明するなど、世界的な論争になっている。

 場内は大きな拍手に包まれた。議会で主導役を果たしたアクセル・ボス議員(最大会派・欧州人民党グループ)は自席で固く握った両手を挙げ、喜びをあらわにした。

 フランス北東部ストラスブールにある欧州議会で9月12日、EUの行政機能を担う欧州委員会が提案した著作権指令改正案が賛成438、反対226(有効投票数703)で可決された瞬間だ。

 ボス氏はこう語った。

 「巨大IT企業による極めて激しいロビー活動があったにもかかわらず、多数の議員が著作物には公平に対価を支払う必要があるという原則を支持した。とてもうれしい」

EU、「GAFA」に対抗

 域内28カ国で人、モノ、資本、サービスの移動を自由にする「単一市場」を掲げるEUは現在、デジタル分野でも市場の一体化を進めている。今、世界のIT市場を席巻するのは「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字)と呼ばれる米国の巨大IT企業だ。集めた膨大な個人情報を武器に事業を年々拡大させている。後れを取るEUには、こうした企業への規制を強めるとともに、加盟国のルールをできるだけ同じにして、対抗する企業を育てたいという思惑もある。

 ユンケル欧州委員長のもと、2015年に欧州委が作った「デジタル単一市場戦略」は、「オンライン上でのサービス、商品へのアクセス向上」「革新的サービスの環境整備」「デジタル経済の成長」という三つの柱を立てている。今回の著作権制度の改正も、最近話題になった個人情報保護の新規制「一般データ保護規則(GDPR)」などとともに、戦略の重要な政策との位置づけだ。「著作権者である制作者、報道機関にとって公平で持続可能な市場」(欧州委)を目指したものだ。

 欧州委は16年にこの著作権指令改正案を提案していたが、議論は紛糾。7月に議会で採決された際には、反対318票、賛成278票で否決され、9月の再投票が決まっていた。意見が割れている最大の理由は、表現の自由と著作権者の保護を巡る、二つの規定にある。

ネット先駆者から異論続々

 一つは、ユーチューブやフェイスブックなど投稿サイトに著作権侵害の動画や音楽がないか確認したり、著作権者とライセンス契約を結んだりする義務を負わせた13条だ。

 現在、投稿サイトの多くは、米国の「デジタルミレニアム著作権法」(DMCA)に基づき、無断利用など著作権侵害の通知があった場合に削除するという運用(ノーティス・アンド・テイクダウン手続き)をしている。13条は、著作権違反対策のレベルを現状から一気に上げることを狙っている。

 これに強く反発したのがインターネット業界だ。

 ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を考案し「インターネットの父」と呼ばれるイギリスの計算機科学者ティム・バーナーズリー氏や、インターネットの開発に貢献し、グーグル副社長を務めたビントン・サーフ氏らは6月、ネットの専門家や学者など計70人で、13条を「インターネットの未来への差し迫った脅威」とする請願書を欧州議会に提出した。すべての投稿をチェックする体制を整えるのには多大なコストがかかること、現在の技術ではチェックの質に信頼性がないことなどを理由に条文の削除を求めた。

 ユーチューブのロバート・キンセル最高業務責任者(CBO)は、他人の著作物を用いた創作への影響も指摘。「13条は創造の自由を抑えつけるだけでなく、創作者の収入やファンに深刻な影響を与えかねない」と訴えた。利用者の投稿でつくられているネット上の辞典「ウィキペディア」の創始者ジミー・ウェールズ氏も抗議の意を示すために7月、イタリア語版ウィキペディアを閉鎖した。

 表現の自由への懸念から、国連からも異議が出た。国連の「表現の自由の促進」に関する特別報告者のデービッド・ケイ氏は6月、改正案は著作権侵害とする投稿の判断基準があいまいで、解釈の余地が大きいことを問題視する声明を発表した。

「文化は偶然生まれない」

 だが、支持する声も大きかった。

 元ビートルズのポール・マッカートニーさんは7月、欧州議会宛ての手紙で全面的に支持する考えを表明した。

 「音楽は文化は偶然生まれるものではなく、多くの人の労苦を必要とする。13条は、搾取している投稿サイトと、公正に対価を得られない著作権者の間のバリューギャップを埋めるものだ」

 音楽や映像の著作権者からは賛同の声が相次いだ。

 欧州委によると、EUの著作権規制は、他人の作品を利用した新たな著作物である風刺やパロディーを対象から除いている。今回の改正案も同様で、欧州委は「こうした著作者の表現の自由は保障している」と理解を求める。

 改正案は、誤った削除に対する投稿者からの異議にすぐに対応するシステムを作ることも、サイト側に義務づけている。また、欧州議会の説明では、ウィキペディアなど非営利のオンライン事典や、ネット上でITエンジニアが情報共有をしたりするギットハブなど公開されたソフトウェア開発サイトや、中小規模のサイトも対象外だ。

 だが、反対派が主張するような懸念も残る。

 ユーチューブはすでに、著作権者から提供された素材をもとにサイト内から似た画像などをチェックして著作権違反を見つける「コンテンツID」という制度を導入しているが、問題のない投稿が削除されるというケースが出てきている。

 IT業界側が指摘するようにチェックの質が低ければ、規制導入後、著作権侵害ではない投稿が相次いで削除される事態があり得るだろう。違反を恐れてサイト側が必要以上にチェック基準を厳しくすることも予想される。また、規制対象のサイト規模の線引き次第では、EU側の意向に反し、対策のための資金力が十分な巨大サイトを利する可能性もある。

報道機関のためにならない?

 激しい議論になったもう一つの規定は、ネット上の記事に対する報道機関の権利を強化する11条だ。大手ネット企業が報道機関の出版物を使用した際、対価を支払うことを義務づけた。改正案は、記事の短い紹介にとどまる「数語」とともにリンク先を表示する行為(ハイパーリンク)は除外されるとしている。欧州議会の声明は、対象について「スニペット」と呼ばれる記事の抜粋表示に言及している。

 ネットの普及拡大で、ヨーロッパの新聞社や出版社も、米国や日本の報道機関と同様、経営が悪化している。欧州委の調査(16年)では、57%の人がフェイスブックなどのSNS、ヤフーなどの検索サイト、グーグルニュースなどの記事一覧サイトでニュースを探していて、そのうち47%は記事の抜粋を読むだけで記事のリンクをクリックしていないという。

 欧州委は報道機関を「多元的な社会や民主的議論に根本的な役割を果たしている」と位置づける。11条は、経営難にあえぐ報道機関がインターネットから利益を得られる仕組みを作ることを狙ったものだ。

 EU側の意図に反し、リンク先を表示する行為も対象になるとの懸念から「リンク税」という言葉が広まり、反対の声が強まった一方、IT業界からの批判は「報道機関のためにやめた方がいい」というものだった。

 欧州議会の調査によると、11条と同様の権利はすでにドイツとスペインで認められている。13年から導入したドイツでは、グーグルがドイツの報道機関との価格交渉を拒否した。これに対し、多くの報道機関がグーグルニュースでの記事を表示し続けるよう求め、同社に対し報道機関が記事一覧サイトから報酬を得る権利の行使を放棄した。

 14年10月に導入したスペインでは、この権利を放棄できない規定になっていたため、グーグルは同年12月、グーグルニュースからスペインの報道機関を除外し、スペイン版「グーグルニュース」を閉鎖すると発表した。

 こうした経緯を踏まえ、グーグルやフェイスブックが加盟する「欧州デジタルメディア協会(EDiMA)」は「11条には負の影響がある」と指摘。スペインのケースでは、規制導入で、報道機関のサイトへのアクセス数が13%減ったとしている。英ケンブリッジ大のライオネル・ベントリー教授ら37人の学者による声明も「報道機関の利益を増やすという指摘を真に受けることは極めて困難だ」とし、別の方法を検討すべきだと求めている。

EUの交渉力、勝るか

 一方、報道機関側は、「(ネット企業は)記事を流すことで得られる広告収入のほとんど全部を、懐に収めている」と主張。議会での採決直前の今年9月には、すでに権利が導入されているドイツのDPA通信を含む18の報道機関が「報道の存亡」と訴える声明を連名で出した。

 スペインとドイツの前例が示すのは、報道機関に対して巨大IT企業が持つ交渉力の強さだ。いざ、使用料を巡る交渉になれば、国単位の報道機関相手でも、不掲載という最終手段を持つIT企業が圧倒的に優位なことを証明したといえる。

 ただ、EUの大きなメリットの一つは、外交や貿易交渉の分野で28カ国が一丸となる交渉力の強さだ。各国の報道機関が足並みをそろえることができれば、11条でもIT大手に同様の効果を期待できる可能性はある。交渉の結果は今後の報道機関と、IT企業の力関係を大きく示唆するものになるだろう。

 改正案は今後、28加盟国の代表でつくる閣僚理事会、提案者の欧州委、欧州議会の3者での議論に移る。欧州議会での再度の投票を経て、年内もしくは19年初めにも正式に導入が決まる可能性が高まっている。成立すれば、加盟国は国内法を適合するように改正するという流れになる。

 IT業界側は「改正案への懸念が、今後考慮されると期待する」(EDiMAのラムリー会長)とまだあきらめない考えで、内容が修正されるといった曲折もありうるが、導入されれば、動画の投稿などに対し、巨大IT企業がヨーロッパ以外の地域でも同様の厳しい著作権違反対策を取り、日本の利用者にも影響が出てくる可能性が高い。

 ウィキペディアの創始者ジミー・ウェールズは7月の議会での1回目の採決に際し「我々はもっと組織化されるべきだ」と業界としてロビー活動を強化する必要性を指摘した。世界的に注目を集めたその採決で敗れたことで今後、IT業界で政治力強化の機運が高まる可能性がある。

 一方、改正案が普遍的な価値である表現の自由に関わる規制を含んだことで、これまで「市民の権利」対「大手IT企業」という大きな構図をつくり、規制や制裁を次々と打ち出してきたEUへの逆風が強まることも考えられる。

 EUと巨大IT企業の対立は今後、ますます熾烈(しれつ)になりそうだ。

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 津阪直樹(つざか・なおき) ブリュッセル支局長。04年入社、青森総局、さいたま総局、東京経済部、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学などを経て、17年5月から現職。39歳。