民主主義と新聞、NYタイムズ発行人が語る「危険な力」

有料記事報道の自由はいま

構成 ニューヨーク支局長・鵜飼啓 池田伸壹
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 激変の時代に、米国の代表的な新聞「ニューヨーク・タイムズ」を発行人として今年から率いるのは、オーナー一族出身の38歳、アーサー・グレッグ・サルツバーガー氏だ。トランプ政権の監視に全力を注ぎ、大統領とホワイトハウスで会談した米メディア界の有力リーダーが11月の初来日を前に、朝日新聞社の西村陽一常務取締役(編集担当)のインタビューに応じた。民主主義と新聞のいま、そして未来について、幅広く語った。

アーサー・グレッグ・サルツバーガー氏

「AG」と呼ばれる。1980年生まれ。米ロードアイランド州とオレゴン州の地方新聞社で記者として勤務後、2009年にニューヨーク・タイムズ社に入社。今年、一族から6人目の発行人に就任した。

 ――トランプ大統領と7月にホワイトハウスで会いましたね。何を話したのですか。

 「大統領が報道官を通じて『会いたい』と言ってきたのです。掲載した記事か、あるいは掲載をめざす記事について何か言いたいことがあるのかと思いました。ニュースに取り上げられる対象者が報道について言いたいことがあるのであれば、同意するかどうかはともかく、きちんと聞くのが公正な報道機関としての責務です」

 ――トランプ大統領はニューヨーク・タイムズ(NYT)を含めたメディアを「フェイク(偽)ニュース」「国民の敵」などと呼んでいます。

 「我々の報道に対する懸念であればしっかり耳を傾けようと思う一方、私の方でもこの機会をいかし、大統領のメディア攻撃に対する懸念を伝えておきたいと考えました。執務室で面と向かい、こう言いました。大統領自身も真実ではないと知っているはずの『フェイクニュース』という言い方にはがっかりするが、私は『国民の敵』という発言をより強く心配している。暴力を招くような危険な空気を生んでいる、と」

 ――効果はありましたか。

 「話したときには、大統領も耳を傾けていると感じました。こうした言い方が外国の独裁者が報道を抑圧する口実に使われると指摘したら、懸念を示していました。正確な発言は忘れましたが、『言いすぎだったかもしれない』ということも言い、考えると約束していました」

 「ところが、会談から1週間もたたないうちにメディア批判のトーンは元に戻ってしまいました。結局、行動に何の変化ももたらすことはありませんでしたが、メディアの人間が本人に直接伝えたという事実が公に残ったことは重要だったと思います」

 ――NYTはトランプ大統領の蓄財をめぐる大がかりな調査報道を掲載したばかりです。トランプ政権にはどういう姿勢で向き合っていますか。

 「ほかの政権に対するのと同じ姿勢です。独立の立場から、恐れることなく向き合うということです。ワシントン支局や調査報道チームが、政府のあり方や国際的な問題における国の立場を急速に転換しつつあるこの政権を、あらゆる角度から点検しています。大統領個人の資産についても、取材チームが徹底的に調べました」

 「記者の仕事を支えるため、ひいては読者のために最も大事なことは、事実を掘り起こす時間を与え、そのサポートをすることだと考えます。今回の調査報道には18カ月費やしました。その結果、今まで明らかにできなかったことを掘り起こすことができたのです」

 ――9月には、政府高官が匿名で現政権を批判する記事がオピニオン面に掲載され、大きな議論を呼びました。

 「掲載に当たっては二つのことを考えました。一つはニュースに値するのかどうかということ。さまざまな議論を呼んだことからその答えは明らかでしょう。もう一つは、匿名性を守れるか。筆者は政権にとどまって、誤った判断を食い止める防波堤になることが大事だと考えていました。匿名を守るという約束ができなければ掲載できませんでした」

 ――NYTは1971年、ベトナム戦争をめぐる米政府の秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の内容を報じ、ニクソン政権と対立しました。あなたの祖父は差し止めを求めた政府と戦い、掲載の権利を勝ち取りました。民主主義とメディアの関係をどう考えますか。

 「民主主義における独立した報道機関の役割は、置き換えることの出来ないものです。米国の建国の父たちは、人々自らが統治する社会において、報道機関がいかに不可欠な存在であるかということにしばしば言及していました。ここ数年、こうした権力に対する監視の責任を果たすだけの力を持った報道機関が減っており、非常に懸念しています。私たちがその分大きな役割を担わされています」

 「71年当時と比べて、メディア批判が強まっていることは心配しています。記者への殺害予告も増えています。一方で、記者たちはしっかり仕事をしようと取り組んでいます。恐れを知らず、ひいきもせず、真実を追い求める。私の祖父が発行人だった1970年代においても我々にとって大切だった考え方ですが、こうした言葉は高祖父の時代にさかのぼります。この使命に変わりはありません」

 ――発行人に就いたのは今年1月ですね。就任のあいさつで「危険な力が合わさり、報道の中心的役割を脅かしている」との危機感を示しましたが、「危険な力」とはどういう意味ですか。

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 「報道の自由の存亡に関わる…

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