社長から営業本部長に降格 「チャンスじゃないか」

有料記事カイシャで生きる

古屋聡一
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 米国本社が提示した複数のオファーから選んだのは、社長を退任して、営業本部長に就く人事だった。

 ポルシェジャパン社長の七五三木(しめぎ)敏幸さん(59)は、53歳の時、クライスラーの日本法人社長から、代表権のある営業本部長になった。七五三木さんは「予想はしていました」と淡々と振り返った。

 社長を退任する人事案を提示した本社の上司は「がんばってくれたけど、達成度は半分だ」と告げた。

 50歳でクライスラー日本の社長に就任した七五三木さんは「3年で販売台数を3倍に増やす」という高い目標を達成した。しかし、ディーラーを増やせなかった。

 リーマン・ショック以降の景気低迷で業績が悪化した米自動車大手のクライスラーは、2009年に経営破綻(はたん)した。その後、伊自動車大手、フィアット傘下で再建を目指していた。破綻したブランドで新規の販売店を開拓するのは、至難の業だった。

 七五三木さんの後任にはフィアットの出身者が選ばれた。人事の背景には、目標の達成度合いだけでなく、企業の合併や買収が珍しくない外資系企業で生じる「資本の論理」が影響した側面もあるのだろう。

「カイシャ」という組織の歯車として、一日一日を懸命に生きているサラリーマンがいます。どんなにがんばって働いても、人事や処遇は理不尽で不条理。周囲から「出世」とうらやましがられる人事もあれば、「左遷」とみなされる人事もあります。「カイシャで生きる」では、さまざまな境遇を経験し、悩みながらも前に進もうとするサラリーマンたちの物語を紡ぎます。

 割り増し退職金をもらって会社を去る選択肢もあったが、残る道を選んだ。

 「チャンスじゃないか」

 そう考えた。社長になる前は、クライスラー日本の営業部長だった。これからは現場でフィアットのディーラーたちと知り合える。人脈が新たに広がるのだ。人事を知って態度が冷たくなる人もいたが、「そんなものだろう」と気にしなかった。

 振り返ると、どんな困難が訪…

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