羽田で声をあげて泣いた 震災が奪った元同僚CA 宮城

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編集委員・石橋英昭
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 2011年3月11日、伊藤良恵さんは羽田―青森・三沢便にチーフとして乗り組んでいた。第1便が着陸し、客室の点検を終える。ログブックに「14時45分」と記し、整備士に手渡したその時だ。

 ぐらぐらっと機体が揺れた。後輩のCA(キャビンアテンダント)に「しゃがんでっ」と叫んでいた。

 各地の空港が閉鎖され、羽田に帰り着いたのは夜遅く。足止めされた会社でテレビに釘付けになった。津波の映像とともに、石巻の地名が繰り返し出てくる。何度かけても携帯電話はつながらない。

 安否確認サイトに片っ端から書き込んだ。「渡辺由香を捜しています」

 21日、書き込みを見た親族から連絡が来た。羽田のロッカールームで声を上げて泣いた。入社当時の飛行機の模型を持って、火葬に駆けつけた。棺(ひつぎ)に入れてあげなきゃ、と思った。

     ◇

 渡辺由香さん(震災当時44)とは、1988年の同期入社だった。

 彼女は、高校時代に懸賞で当てたカナダ旅行をきっかけにCAにあこがれ、石巻から上京してきた。人の話をよく聞き、最後に橋を渡るような慎重な性格。福岡出身で、先に物事を決め突き進む良恵さんとは正反対だった。だからなのか、ウマが合った。

 毎月シフト表を交換し、休みを合わせて旅行した。シンガポール、ホノルル、京都、波照間島。思い出せないくらいたくさんのことをしゃべり、笑った。

 共に彼氏がいないクリスマスは、2人でディナーに繰り出した。いつだったか由香さんがくれた桑田佳祐の「白い恋人達」のCD。今でもあの歌が流れると、悲しみがそっと胸にこみ上げる。良恵さんは徳永英明をプレゼントした。

 震災前年の5月、由香さんは早期退職を選んだ。

 年齢を重ねるほど、CAの仕…

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