父を自宅でみとれない 娘として記者として、抱えた矛盾

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高橋美佐子
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もうすぐ父が死んでしまうので:3(マンスリーコラム)

 「お義父さん、このノドグロ、びっくりするほど安かったんですよ。まさかの480円!」

 さっきまで実家の台所で料理していた夫(46)が、小ぶりな焼き魚を父(当時81)に差し出し、得意顔で言った。

 私はあきれて絶句した。

 あのー、値段が全然違っていますけど。

「ノドグロ事件」

 膵臓(すいぞう)がん末期と診断された父は昨年3月下旬、東京都内の大学病院に入院した。

 それから3週間が過ぎた4月半ば、2回目の外泊となる土曜日の夜。父は住み慣れた自宅に戻ることを心待ちにし、大腿(だいたい)骨を手術して退院直後の母(83)は独居の寂しさに耐えていた。そんな両親を喜ばせたくて、私は夫と実家を訪ねたのだった。

 夜、居間のコタツに、昔なじみの店に届けてもらったうな重や私たちがデパートで購入した少し高価な総菜など、父の好物ばかりを並べた。冷蔵庫には父が大好きなチョコレートケーキ。とりあえずビールで乾杯して宴が始まった直後、冒頭の“事件”は起きた。

 デパートの鮮魚コーナーで「一匹4800円」の値札がついた高級魚ノドグロを、夫が買い物カゴに放り込んだ時、一瞬ぎょっとしたが、「彼はきっと義理の父親のささやかな人生の最期ぐらいはぜいたくさせてやりたいと考えているんだろう」と優しい心遣いに感謝さえした。

 それが1桁間違えたという単なるオッチョコチョイと判明し、父はハッハッハと声を上げて笑った。夫は頭をかいて苦笑いし、母は「もったいない!」と骨までしゃぶり尽くす執念を見せ、にぎやかな宴は一層盛り上がった。

 分不相応のごちそうが庶民の食卓にもたらした「味わい」は、価格をはるかに上回った。父亡き後も思い出すたびに私たちを笑顔にしてくれる。

主治医からの提案

 突然のがん告知から亡くなるまでの3カ月間に計4回、父は自宅へ戻った。つかの間のひとときを父が喜んでくれたと信じたい。同時に、もっと家で過ごさせられたのではないかと、今も私の心はうずく。

 「お母さんの体調と新聞記者…

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