夏目漱石「吾輩は猫である」224

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 吾輩は我慢に我慢を重ねて、漸く一杯のビールを飲み干した時、妙な現象が起った。始めは舌がぴりぴりして、口中が外部から圧迫されるように苦しかったのが、飲むに従って漸く楽になって、一杯目を片付ける時分には別段骨も折れなくなった。もう大丈夫と二杯目は難なく遣付(やっつ)けた。ついでに盆の上にこぼれたのも拭(ぬぐ)うが如く腹内(ふくない)に収めた。

 それから暫くの間は自分で自分の動静を伺うため、じっとすくんでいた。次第にからだが暖かになる。眼のふちがぽうっとする。耳がほてる。歌がうたいたくなる。猫じゃ猫じゃが踊りたくなる。主人も迷亭も独仙も糞を食(くら)えという気になる。金田のじいさんを引搔(ひっか)いてやりたくなる。妻君の鼻を食い欠きたくなる。色々になる。最後にふらふらと立ちたくなる。起(た)ったらよたよたあるきたくなる。こいつは面白いとそとへ出たくなる。出ると御月様今晩はと挨拶したくなる。どうも愉快だ。

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 陶然とはこんな事をいうのだ…

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