夏目漱石「吾輩は猫である」219

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 「出たって誰も英雄と立てやしない。昔は孔子がたった一人だったから、孔子も幅を利かしたのだが、今は孔子が幾人もいる。ことによると天下が悉く孔子かも知れない。だからおれは孔子だよと威張っても圧(おし)が利かない。利かないから不平だ。不平だから超人などを書物の上だけで振り廻すのさ。吾人(ごじん)は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果不自由を感じて困っている。それだから西洋の文明などはちょっといいようでもつまり駄目なものさ。これに反して東洋じゃ昔しから心の修行をした。その方が正しいのさ。見給え個性発展の結果みんな神経衰弱を起して、始末がつかなくなった時、王者の民蕩々(とうとう)たりという句の価値を始めて発見するから。無為にして化すという語の馬鹿に出来ない事を悟るから。しかし悟ったってその時はもう仕様がない。アルコール中毒に罹って、ああ酒を飲まなければよかったと考えるようなものさ」

 「先生方は大分厭世的(えんせいてき)な御説のようだが、私は妙ですね。色々伺っても何とも感じません。どういうものでしょう」と寒月君がいう。

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 「そりゃ妻君を持ち立てだか…

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