夏目漱石「吾輩は猫である」212

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 「親切の方の自覚心はまあいいがね」と独仙君は進行する。「自覚心があるだけ親切をするにも骨が折れる訳になる。気の毒な事さ。文明が進むに従って殺伐の気がなくなる、個人と個人の交際がおだやかになるなどと普通いうが大間違いさ。こんなに自覚心が強くって、どうしておだやかになれるものか。なるほどちょっと見ると極(ごく)しずかで無事なようだが、御互の間は非常に苦しいのさ。丁度相撲が土俵の真中で四つに組んで動かないようなものだろう。傍(はた)から見ると平穏至極だが当人の腹は波を打っているじゃないか」

 「喧嘩も昔しの喧嘩は暴力で圧迫するのだからかえって罪はなかったが、近頃じゃなかなか巧妙になってるからなおなお自覚心が増してくるんだね」と番が迷亭先生の頭の上に廻って来る。「ベーコンの言葉に自然の力に従って始めて自然に勝つとあるが、今の喧嘩は正にベーコンの格言通りに出来上ってるから不思議だ。丁度柔術のようなものさ。敵の力を利用して敵を斃(たお)す事を考える……」

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 「または水力電気のようなも…

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