夏目漱石「吾輩は猫である」202

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 「で僕はその時間をまあ十時頃と見積ったね。それで今から十時頃までどこかで暮さなければならない。うちへ帰って出直すのは大変だ。友達のうちへ話しに行くのは何だか気が咎(とが)めるようで面白くなし、仕方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩する事にした。ところが平生ならば二時間や三時間はぶらぶらあるいているうちに、いつの間にか経(た)ってしまうのだがその夜(よ)に限って、時間のたつのが遅いの何のって、――千秋の思とはあんな事をいうのだろうと、しみじみ感じました」とさも感じたらしい風をしてわざと迷亭先生の方を向く。

 「古人も待つ身につらき置炬燵(おきごたつ)といわれた事があるからね、また待たるる身より待つ身はつらいともあって軒に吊られたヴァイオリンもつらかったろうが、あてのない探偵のようにうろうろ、まごついている君はなお更つらいだろう。累々として喪家(そうか)の犬の如し。いや宿のない犬ほど気の毒なものは実際ないよ」

 「犬は残酷ですね。犬に比較…

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