夏目漱石「吾輩は猫である」175

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 かくの如く働きのない食い方を以て、無事に朝食(あさめし)を済したる主人は、やがて洋服を着て、車へ乗って、日本堤分署へ出頭に及んだ。格子(こうし)をあけた時、車夫に日本堤という所を知ってるかと聞いたら、車夫はへへへと笑った。あの遊廓のある吉原の近辺の日本堤だぜと念を押したのは少々滑稽(こっけい)であった。

 主人が珍らしく車で玄関から出掛けたあとで、妻君は例の如く食事を済ませて「さあ学校へ御いで。遅くなりますよ」と催促すると、小供は平気なもので「あら、でも今日は御休みよ」と支度(したく)をする景色がない。「御休みなもんですか、早くなさい」と叱(しか)るように言って聞かせると「それでも昨日、先生が御休だって、仰(おっしゃ)ってよ」と姉はなかなか動じない。妻君もここに至って多少変に思ったものか、戸棚から暦を出して繰り返して見ると、赤い字でちゃんと御祭日と出ている。主人は祭日とも知らずに学校へ欠勤届を出したのだろう。細君も知らずに郵便箱へ抛(ほう)り込んだのだろう。但し迷亭に至っては実際知らなかったのか、知って知らん顔をしたのか、そこは少々疑問である。この発明におやと驚ろいた妻君はそれじゃ、みんなで大人しく御遊びなさいと平生(いつも)の通り針箱を出して仕事に取りかかる。

 その後三十分間は家内平穏…

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