夏目漱石「吾輩は猫である」119

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 皆勝ちたい勝ちたいの勇猛心の凝(こ)って様々の新形となったもので、おれは手前じゃないぞと振れてあるく代りに被(かぶ)っているのである。して見るとこの心理からして一大発見が出来る。それは外でもない。自然は真空を忌む如く、人間は平等を嫌うという事だ。既に平等を嫌ってやむをえず衣服を骨肉の如くかようにつけ纏(まと)う今日において、この本質の一部分たる、これらを打ち遣って、元の杢阿弥(もくあみ)の公平時代に帰るのは狂人の沙汰である。よし狂人の名称を甘んじても帰る事は到底出来ない。帰った連中を開明人の目から見れば化物である。仮令(たとい)世界何億万の人口を挙げて化物の域に引(ひき)ずり卸してこれなら平等だろう、みんなが化物だから恥ずかしい事はないと安心してもやっぱり駄目である。世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる。着物をつけて競争が出来なければ化物なりで競争をやる。赤裸は赤裸でどこまでも差別を立ててくる。この点から見ても衣服は到底脱ぐ事は出来ないものになっている。

 しかるに今吾輩が眼下に見下した人間の一団体は、この脱ぐべからざる猿股も羽織も乃(ない)至(し)袴も悉く棚(たな)の上に上げて、無遠慮にも本来の狂態を衆目環視の裡(うち)に露出して平々然と談笑を縦(ほしいま)まにしている。吾輩が先刻(さっき)一大奇観といったのはこの事である。吾輩は文明の諸君子のためにここに謹んでその一般を紹介するの栄を有する。

 何だかごちゃごちゃしていて…

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