夏目漱石「吾輩は猫である」72

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 「それを君が済した顔で写生するんだから苛(ひど)い。僕はあまり腹を立てた事のない男だが、あの時ばかりは失敬だと心(しん)から思ったよ。あの時の君の言草(いいぐさ)をまだ覚えているが君は知ってるか」

 「十年前の言草なんか誰が覚えているものか、しかしあの石塔に帰泉院殿(きせんいんでん)黄鶴大居士(こうかくだいこじ)安永五年辰(たつ)正月と彫ってあったのだけはいまだに記憶している。あの石塔は古雅に出来ていたよ。引き越す時に盗んで行きたかった位だ。実に美学上の原理に叶(かな)って、ゴシック趣味な石塔だった」と迷亭はまた好い加減な美学を振り廻す。

 「そりゃいいが、君の言草が…

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