夏目漱石「吾輩は猫である」31

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 「その日は向島(むこうじま)の知人の家(うち)で忘年会兼合奏会がありまして、私もそれへヴァイオリンを携えて行きました。十五、六人令嬢やら令夫人が集ってなかなか盛会で、近来の快事と思う位に万事が整っていました。晩餐(ばんさん)も済み合奏も済んで四方(よも)の話しが出て時刻も大分遅くなったから、もう暇乞(いとまごい)をして帰ろうかと思っていますと、某博士の夫人が私のそばへ来てあなたは〇〇子さんの御病気を御承知ですかと小声で聞きますので、実はその両三日前に逢った時は平常の通りどこも悪いようには見受けませんでしたから、私も驚ろいて精(くわ)しく様子を聞いて見ますと、私しの逢ったその晩から急に発熱して、色々な譫語(うわこと)を絶間(たえま)なく口走るそうで、それだけなら宜(い)いですがその譫語のうちに私の名が時々出て来るというのです」

 主人は無論、迷亭先生も「御安くないね」などという月並はいわず。静粛に謹聴している。

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 「医者を呼んで見てもらうと…

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