夏目漱石「吾輩は猫である」4

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 「どうも甘くかけないものだね。人のを見ると何でもないようだが自ら筆をとって見ると今更のように六(む)ずかしく感ずる」これは主人の述懐である。なるほど詐(いつわ)りのないところだ。彼の友は金縁の眼鏡(めがね)越(ごし)に主人の顔を見ながら、「そう初めから上手(じょうず)にはかけないさ、第一室内の想像ばかりで画(え)がかける訳のものではない。昔し以太利(イタリー)の大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰(せいしん)あり。地に露華(ろか)あり。飛ぶに禽(とり)あり。走るに獣(けもの)あり。池に金魚あり。枯木(こぼく)に寒鴉(かんあ)あり。自然はこれ一幅の大活画なりと。どうだ君も画らしい画をかこうと思うならちと写生をしたら」

 「へえアンドレア・デル・サルトがそんな事をいった事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃ尤もだ。実にその通りだ」と主人はむやみに感心している。金縁の裏には嘲(あざ)けるような笑(わらい)が見えた。

 その翌日吾輩は例の如く椽側…

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