夏目漱石「門」(第一回)一の一

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 宗助(そうすけ)は先刻(さっき)から縁側(えんがわ)へ坐蒲(ざぶ)団(とん)を持ち出して日当りの好さそうな所へ気楽に胡坐(あぐら)をかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放(ほう)り出すと共に、ごろりと横になった。秋(あき)日和(びより)と名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄(げた)の響(ひびき)が、静かな町だけに、朗(ほが)らかに聞えて来る。肱枕(ひじまくら)をして軒から上を見上ると、奇麗(きれい)な空が一面に蒼(あお)く澄んでいる。その空が自分の寐(ね)ている縁側の窮屈な寸法に較(くら)べて見ると、非常に広大である。たまの日曜にこうして緩(ゆっ)くり空を見るだけでも大分(だいぶ)違うなと思いながら、眉(まゆ)を寄せて、ぎらぎらする日を少時(しばらく)見詰めていたが、眩(まぼ)しくなったので、今度はぐるりと寐返りをして障子の方を向いた。障子の中では細君が裁縫(しごと)をしている。

 「おい、好(い)い天気だな」と話し掛けた。細君は、

 「ええ」といったなりであっ…

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