夏目漱石「それから」(第八十三回)十四の二

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 こう決心した翌日(よくじつ)、代助は久しぶりに髪を刈(か)って髯(ひげ)を剃(そ)った。梅雨(つゆ)に入(い)って二、三日凄(すさ)まじく降った揚句(あげく)なので、地面にも、木の枝にも、埃(ほこり)らしいものは悉(ことごと)くしっとりと静まっていた。日の色は以前より薄かった。雲の切れ間から、落ちて来る光線は、下界の湿り気のために、半(なか)ば反射力を失ったように柔らかに見えた。代助は床屋の鏡で、わが姿を映しながら、例の如くふっくらした頰(ほお)を撫(な)でて、今日からいよいよ積極的生活に入(い)るのだと思った。

 青山へ来て見ると、玄関に車が二台ほどあった。供待(ともまち)の車夫(しゃふ)は蹴込(けこみ)に倚(よ)り懸(かか)って眠ったまま、代助の通り過ぎるのを知らなかった。座敷には梅子(うめこ)が新聞を膝(ひざ)の上へ乗せて、込み入った庭の緑をぼんやり眺めていた。これもぽかんと眠むそうであった。代助はいきなり梅子の前へ坐(すわ)った。

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 「御父(おとう)さんはいま…

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