夏目漱石「それから」(第六十回)十一の四

有料記事

[PR]

 晩食(ばんめし)の時、丸善(まるぜん)から小包が届いた。箸(はし)を措(お)いて開けて見ると、よほど前に外国へ注文した二、三の新刊書であった。代助はそれを腋(わき)の下に抱(かか)え込んで、書斎へ帰った。一冊ずつ順々に取り上げて、暗いながら二、三頁、捲(はぐ)るように眼を通したがどこも彼の注意を惹(ひ)くような所はなかった。最後の一冊に至っては、その名前さえ既に忘れていた。いずれその中(うち)読む事にしようという考(かんがえ)で、一所に纏(まと)めたまま、立って、本棚の上に重ねて置いた。縁側から外を窺(うかが)うと、奇麗な空が、高い色を失いかけて、隣(となり)の梧桐(ごとう)の一際(ひときわ)濃く見える上に、薄い月が出ていた。

 そこへ門野が大きな洋燈(ランプ)を持って這(は)入(い)って来た。それには絹縮(きぬちぢみ)のように、竪(たて)に溝(みぞ)の入(い)った青い笠(かさ)が掛けてあった。門野はそれを洋卓(テーブル)の上に置いて、また縁側へ出たが、出(で)掛(がけ)に、

 「もう、そろそろ蛍(ほたる…

この記事は有料記事です。残り1904文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら