夏目漱石「それから」(第六十一回)十一の五

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 翌日(よくじつ)眼が覚めると、依然として脳の中心から、半径の違った円が、頭を二重に仕切っているような心持がした。こういう時に代助は、頭の内側と外側が、質の異なった切り組み細工で出来上っているとしか感じ得られない癖になっていた。それで能(よ)く自分で自分の頭を振ってみて、二つのものを混ぜようと力(つと)めたものである。彼は今枕(まくら)の上へ髪を着けたなり、右の手を固めて、耳の上を二、三度敲(たた)いた。

 代助はかかる脳髄の異状を以て、かつて酒の咎(とが)に帰(き)した事はなかった。彼は小供の時から酒に量を得た男であった。いくら飲んでも、さほど平常を離れなかった。のみならず、一度熟睡さえすれば、あとは身体(からだ)に何の故障も認める事が出来なかった。かつて何かのはずみに、兄と競(せ)り飲みをやって、三合入(さんごういり)の徳利(とくり)を十三本倒した事がある。その翌日(あくるひ)代助は平気な顔をして学校へ出た。兄は二日も頭が痛いといって苦(にが)り切っていた。そうして、これを年齢(とし)の違(ちがい)だといった。

 昨夕(ゆうべ)飲んだ麦酒(…

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