夏目漱石「それから」(第四十三回)八の三

有料記事

[PR]

 手紙は古風な状箱(じょうばこ)の中(うち)にあった。その赤塗(あかぬり)の表には名宛(なあて)も何も書かないで、真鍮(しんちゅう)の環(かん)に通した観世撚(かんじんより)の封じ目に黒い墨を着けてあった。代助は机の上を一目(ひとめ)見て、この手紙の主(ぬし)は嫂(あによめ)だとすぐ悟った。嫂にはこういう旧式な趣味があって、それが時々思わぬ方角へ出てくる。代助は鋏(はさみ)の先で観世撚の結目(むすびめ)を突っつきながら、面倒な手数(てかず)だと思った。

 けれども中にあった手紙は、状箱とは正反対に簡単な、言文一致で用を済(すま)していた。この間わざわざ来てくれた時は、御(お)依頼(たのみ)通(どお)り取り計(はから)いかねて、御気の毒をした。後(あと)から考えて見ると、その時色々無遠慮(ぶえんりょ)な失礼をいった事が気にかかる。どうか悪く取って下さるな。その代り御金を上げる。尤(もっと)もみんなという訳には行かない。二百円だけ都合して上げる。からそれをすぐ御友達の所へ届けて御上げなさい。これは兄さんには内所だからそのつもりでいなくってはいけない。奥さんの事も宿題にするという約束だから、よく考えて返事をなさい。

 手紙の中に巻き込めて、二百…

この記事は有料記事です。残り1542文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら