夏目漱石「それから」(第三十六回)七の二

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 代助が三千代と知り合になったのは、今から四、五年前の事で、代助がまだ学生の頃であった。代助は長井家(ながいけ)の関係から、当時交際社会の表面にあらわれて出た、若い女の顔も名も、沢山に知っていた。けれども三千代はその方面の婦人ではなかった。色合(いろあい)からいうと、もっと地味で、気持からいうと、もう少し沈んでいた。その頃、代助の学友に菅沼(すがぬま)というのがあって、代助とも平岡とも、親しく附合(つきあ)っていた。三千代はその妹(いもと)である。

 この菅沼は東京近県のもので、学生になった二年目の春、修業のためと号して、国から妹を連れて来ると同時に、今までの下宿を引き払って、二人して家を持った。その時妹は国の高等女学校を卒業したばかりで、年は慥(たしか)十八とかいう話であったが、派手な半襟(はんえり)を掛けて、肩上(かたあげ)をしていた。そうして程なくある女学校へ通い始めた。

 菅沼の家は谷中(やなか)の…

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