夏目漱石「それから」(第二十九回)六の三

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 午過(ひるすぎ)になってから、代助は自分が落ち付いていないという事を、漸(ようや)く自覚し出した。腹のなかに小さな皺(しわ)が無数に出来て、その皺が絶えず、相互の位地と、形状(かたち)とを変えて、一面に揺(うご)いているような気持がする。代助は時々こういう情調の支配を受ける事がある。そうして、この種の経験を、今日(こんにち)まで、単なる生理上の現象としてのみ取り扱っておった。代助は昨日(きのう)兄と一所に鰻(うなぎ)を食ったのを少し後悔した。散歩がてらに、平岡の所へ行って見ようかと思い出したが、散歩が目的か、平岡が目的か、自分には判然たる区別がなかった。婆(ばあ)さんに着物を出さして、着換えようとしている所へ、甥(おい)の誠太郎(せいたろう)が来た。帽子を手に持ったまま、恰好(かっこう)の好(い)い円い頭を、代助の前へ出して、腰を掛けた。

 「もう学校は引けたのかい。早過ぎるじゃないか」

 「ちっとも早かない」といっ…

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