夏目漱石「それから」(第二十五回)五の四

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 代助は、誠吾の始終忙しがっている様子を知っている。またその忙しさの過半は、こういう会合から出来上がっているという事実も心得ている。そうして、別に厭(いや)な顔もせず、一口の不平も零(こぼ)さず、不規則に酒を飲んだり、物を食ったり、女を相手にしたり、していながら、何時(いつ)見ても疲れた態(たい)もなく、噪(さわ)ぐ気色(けしき)もなく、物外(ぶつがい)に平然として、年々肥満してくる技倆(ぎりょう)に敬服している。

 誠吾が待合(まちあい)へ這入ったり、料理茶屋へ上(あが)ったり、晩餐(ばんさん)に出たり、午餐(ごさん)に呼ばれたり、倶楽部(クラブ)に行ったり、新橋に人を送ったり、横浜に人を迎えたり、大磯(おおいそ)へ御機嫌(ごきげん)伺(うかが)いに行ったり、朝から晩まで多勢(たぜい)の集まる所へ顔を出して、得意にも見えなければ、失意にも思われない様子は、こういう生活に慣れ抜いて、海月(くらげ)が海に漂(ただよ)いながら、塩水を辛(から)く感じ得ないようなものだろうと代助は考えている。

 其所(そこ)が代助にはあり…

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