夏目漱石「それから」(第二十二回)五の一

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 翌日(よくじつ)朝早く門野(かどの)は荷車を三台雇って、新橋の停車場(ていしゃば)まで平岡(ひらおか)の荷物を受取りに行った。実は疾(と)うから着いていたのだけれども、宅(うち)がまだ極(きま)らないので、今日までそのままにしてあったのである。往復の時間と、向うで荷物を積み込む時間を勘定して見ると、どうしても半日仕事である。早く行かなけりゃ、間に合わないよと代助(だいすけ)は寐床(ねどこ)を出るとすぐ注意した。門野は例の調子で、なに訳はありませんと答えた。この男は、時間の考(かんがえ)などは、あまりない方だから、こう簡便な返事が出来たんだが、代助から説明を聞いて始めてなるほどという顔をした。それから荷物を平岡の宅へ届けた上に、万事奇麗に片付くまで手伝をするんだといわれた時は、ええ承知しました、なに大丈夫ですと気軽に引き受けて出て行った。

 それから十一時過まで代助は読書していた。がふとダヌンチオという人が、自分の家の部屋を、青色と赤色に分って装飾しているという話を思い出した。ダヌンチオの主意は、生活の二大情調の発現は、この二色(ふたいろ)に外(ほか)ならんという点に存するらしい。だから何でも興奮を要する部屋、即ち音楽室とか書斎とかいうものは、なるべく赤く塗り立てる。また寝室とか、休息室とか、凡(すべ)て精神の安静を要する所は青に近い色で飾り付をする。というのが、心理学者の説を応用した、詩人の好奇心の満足と見える。

 代助は何故(なぜ)ダヌンチ…

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