夏目漱石「それから」(第五回)二の一

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竹内誠人
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 着物でも着換えて、こっちから平岡(ひらおか)の宿を訪ねようかと思っている所へ、折よく先方(むこう)から遣(や)って来た。車をがらがらと門前まで乗り付けて、此所(ここ)だ此所だと梶棒(かじぼう)を下(おろ)さした声は慥(たし)かに三年前(ぜん)分れた時そっくりである。玄関で、取次の婆(ばあ)さんを捕(つら)まえて、宿へ蟇口(がまぐち)を忘れて来たから、ちょっと二十銭貸してくれといった所などは、どうしても学校時代の平岡を思い出さずにはいられない。代助(だいすけ)は玄関まで馳(か)け出して行って、手を執らぬばかりに旧友を座敷へ上げた。

 「どうした。まあ緩(ゆっ)くりするが好(い)い」

 「おや、椅子(いす)だね」…

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