夏目漱石「三四郎」(第八十九回)九の五

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 翌日もその翌日も三四郎は野々宮さんの所へ行かなかった。野々宮さんの方でも何ともいって来なかった。そうしている内に一週間ほど経った。しまいに野々宮さんから、下宿の下女(げじょ)を使いに手紙を寄こした。御母(おっか)さんから頼まれものがあるから、ちょっと来てくれろとある。三四郎は講義の隙(すき)を見て、また理科大学の穴倉へ降りて行った。其処(そこ)で立談(たちばなし)の間(あいだ)に事を済ませようと思った所が、そう旨(うま)くは行かなかった。この夏は野々宮さんだけで専領していた部屋に髭(ひげ)の生えた人が二、三人いる。制服を着た学生も二、三人いる。それが、みんな熱心に、静粛に、頭の上の日の当る世界をよそにして、研究を遣っている。その内で野々宮さんは尤(もっと)も多忙に見えた。部屋の入口に顔を出した三四郎をちょっと見て、無言のまま近寄って来た。

 「国から、金が届いたから、取りに来てくれ玉え。今此処(ここ)に持っていないから。それからまだ外(ほか)に話す事もある」

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 三四郎ははあと答えた。今夜…

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