夏目漱石「三四郎」(第九回)二の一

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 三四郎が東京で驚いたものは沢山ある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴る間(あいだ)に、非常に多くの人間が乗ったり降(おり)たりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。尤(もっと)も驚いたのは、どこまで行(いっ)ても東京がなくならないという事であった。しかもどこをどう歩いても、材木が放(ほう)り出してある、石が積んである、新しい家が往来から二、三間(げん)引込んでいる、古い蔵が半分取崩(とりくず)されて心細く前の方に残っている。凡(すべ)ての物が破壊されつつあるように見える。そうして凡ての物がまた同時に建設されつつあるように見える。大変な動き方である。

 三四郎は全く驚いた。要するに普通の田舎者(いなかもの)が始めて都(みやこ)の真中に立って驚くと同じ程度に、また同じ性質において大(おおい)に驚いてしまった。今までの学問はこの驚きを予防する上において、売薬ほどの効能もなかった。三四郎の自信はこの驚きと共に四割方(わりがた)減却した。不愉快でたまらない。

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 この劇烈な活動そのものが取…

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