夏目漱石「三四郎」(第六回)一の六

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 男はしきりに煙草(タバコ)をふかしている。長い烟(けむり)を鼻の穴から吹き出して、腕組をした所は大変悠長(ゆうちょう)に見える。そうかと思うとむやみに便所か何かに立つ。立つ時にうんと伸(のび)をする事がある。さも退屈そうである。隣に乗合(のりあわせ)た人が、新聞の読(よ)み殻(がら)を傍(そば)に置くのに借(かり)て看(み)る気も出さない。三四郎は自(おのずか)ら妙になって、ベーコンの論文集を伏せてしまった。外の小説でも出して、本気に読んで見ようとも考えたが面倒だから、やめにした。それよりは前にいる人の新聞を借りたくなった。生憎前の人はぐうぐう寐ている。三四郎は手を延ばして新聞に手を掛けながら、わざと「御明きですか」と髭のある男に聞いた。男は平気な顔で「明いてるでしょう。御読みなさい」といった。新聞を手に取った三四郎の方はかえって平気でなかった。

 開けて見ると新聞には別に見るほどの事も載っていない。一、二分で通読してしまった。律義(りちぎ)に畳(たた)んで元の場所へ返しながら、ちょっと会釈(えしゃく)すると、向(むこう)でも軽く挨拶をして、

 「君は高等学校の生徒ですか…

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