夏目漱石「三四郎」(第二回)一の二
爺さんに続いて下りたものが四人ほどあったが、入れ易(かわ)って、乗ったのはたった一人しかない。固(もと)から込み合った客車でもなかったのが、急に淋(さび)しくなった。日の暮れたせいかも知れない。駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯(ひ)の点(つ)いた洋燈(ランプ)を挿し込んで行く。三四郎は思い出したように前の停車場(ステーション)で買った弁当を食い出した。
車が動き出して二分も立ったろうと思う頃(ころ)例の女はすうと立って三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行った。この時女の帯の色が始めて三四郎の眼に這入った。三四郎は鮎(あゆ)の煮浸(にびた)しの頭を啣(くわ)えたまま女の後姿を見送っていた。便所に行ったんだなと思いながら頻りに食っている。
女はやがて帰って来た。今度…
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