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第2章 住民は避難できるか

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写真|福島第一原発への津波襲来=2011年3月11日、東京電力提供

 1号機への海水注入を、官邸に詰めていた東電フェロー武黒一郎の中止指示を無視し、廃炉も恐れず続行したことで、一躍英雄視された福島第一原発所長の吉田昌郎。その吉田が、3号機への海水注入について、廃炉を避けるため極力淡水を使え、という官邸のある者の指示を受け入れ、無理して淡水に切り替え、危険性を増大させていた事実は意外に知られていない。

吉田「だから、たぶん、武黒から。指示という意味では。だと思う。だから、可能性として、武黒が一点と、そのわきで安井さんか誰かがそれに関しておっしゃった可能性も否定できないんですけれども、せいぜい絞るとすると、そんなような感じで、武黒が、そのわきにいた安井さんというぐらいしか考えられないな、という感じなんです」

——— 13日の6時台に官邸から本店へかかって、それが回されてきて、電話を取って、要約すると、海水を使うという判断が早過ぎるのではないかというコメントが来て、海水というのは、それを使うと廃炉にするということにもつながるだろうし、極力、ろ過水とか、水を使うことを考えてくれというような内容なわけですね。

吉田「ここは申し訳ないけれども、この前も話したように、私の記憶はまったく欠落していたので、ビデオを見て、ああそうだったかなと逆に思い出しているぐらいなんで、本当に誰と電話したかも完全に欠落しているんです。ですから、そこは可能性だけの話しかないです」

写真|停電に備えて百貨店などが早めに閉店した東京・銀座は、午後7時すぎにもかかわらず真っ暗だった=2011年3月17日、越田省吾撮影

 東日本大震災発生2日後の2011年3月13日未明、福島第一原発3号機は最初の危機を迎えていた。
 運転員が午前2時42分に、原子炉への次の注水手段がうまくいくのか十分確認しないまま、それまで炉に水を注ぎ込んでいた高圧注水系と呼ばれるポンプを手動で止めたことで危機は生じた。吉田に知らせず行われた操作だった。
 注水が止まった3号機は、炉の水位がぐんぐん下がった。午前5時14分、福島第一原発技術班は、午前7時半ごろに核燃料が損傷し始め、午前9時半ごろには炉心溶融するとの1回目の予測を報告した。

 福島第一原発は原子炉への新たな注水方法を検討した。高圧注水系ポンプの再起動は、必要なバッテリーが調達できず断念した。
 代わりに吉田が選んだ方策は二つ。炉が高圧でも注入できるホウ酸水注入系のポンプで注水する方法と、原子炉圧力容器についているSR弁という弁を開けて炉を減圧したうえで消防車のポンプで注水する方法だった。
 ホウ酸水注入系は高圧で水を入れられる切り札的存在だが、ポンプを動かすには480ボルトの交流電源が必要だ。
 福島第一原発は地震で鉄塔が倒れ、外部からの交流電源が失われている。そのため、福島第一原発にかけつけた電源車が発電した6900ボルトの電気を、被災を免れた4号機の配電装置につないで480ボルトに降圧し、3号機までケーブルで引っ張ってくることにした。
 一方、消防車を使った減圧注水のほうは、SR弁が開き次第、消防車で海水を入れると、吉田は決めていた。午前5時42分、消火栓につながるタンクがすべて空だとの報告があり、淡水は足りないと考え、決断した。

13日朝、3号機に海水注入を指示する吉田昌郎所長

 「本店、緊急です、緊急です、緊急割り込み!」。午前6時43分、吉田あてに電話が入った。武黒とともに官邸に詰めている東電の原子力品質・安全部長の川俣晋からだった。

——— まず優先的には真水ということになっているんですが、そういう発言に至った理由なんですけれども、そこは何が一番。

吉田「やはり官邸です」

——— それがやはり一番ですか。

吉田「一番です。当初言っていたように、私は海水もやむを得ずというのが腹にずっとありますから、最初から海水だろうと、当初言っていたと思います。その後に官邸から電話があって、何とかしろという話があったんで、頑張れるだけ水を手配しながらやりましょうと。ただ、水の手配はうちだけではできないんで、自衛隊も含めてお願いしますよという形で動いているというのがこの時点なんですね。ある程度自衛隊が動いてくれれば水の補給は可能であるかなというところ、まだ期待があった時点なんで、海水に切り替えるというか、そこまでは思っていないというところ、非常に微妙なところだと思います」

——— (前略)水という観念では海水にしたほうがなどということを言われて、要するに、消防庁とか、仙台消防署とか、来てくれるという話はいっぱいあるんだけれども、結局、いま、情報があるのは千葉支店の1台で、現実に動いているのはそれしかないではないかというようなところから、これで2号だ、3号だ、両方面倒見られるわけがないということで、海水という発言になったんでしょうけれども、今度来る千葉支店の消防車の車は、2号のほうの水源にとりあえずはして、というようなことで、このときはおっしゃっているわけですね。所長の腹としては、それでもう何もないとうことになれば、海水もやむなしということになっているんですか。

吉田「はい」

写真|福島第一原発1、2号機の中央制御室で、懐中電灯で照らしながら計器データを確認中の作業員=2011年3月23日昼、原子力安全・保安院撮影、提供

 「官邸」からの電話の趣旨は、海水を使う判断は早過ぎる。廃炉につながるから極力、ろ過水なり真水を使うことを考えてくれ、というものだった。
 吉田が政府事故調の聴き取り調査において「記憶はまったく欠落している」と主張するのが、この東電原子力・品質安全部長の川俣晋からの電話の部分だ。電話の相手が、川俣から誰かに代わったというが、それが誰かは覚えていないというのだ。
 吉田はいったん、東電フェローの武黒一郎、原子力安全・保安院付の安井正也の名前を挙げた。しかし、記憶が完全に欠落していると主張して、逆にこの二人ではないことを強くにおわせた。一方、原子力安全委員会委員長の班目春樹、内閣官房長官の枝野幸男、そして首相の菅直人は、違うとはっきり説明した。

 結局、吉田は、誰だったか思い出せないということで通した。が、とにかく吉田は、官邸にいたある人物から、3号機の廃炉を避けるため、海水注入ではなく淡水を入れろと言われ、応諾した。

——「誰と電話したかも完全に欠落しているんです」

 解せないのは、1号機で武黒の指示を聞かず海水注入を続行したあの吉田が、今回はいとも簡単に電話の主の要求をのんだことだ。
 その瞬間、福島第一原発の現場からは、「水がねえんだから」との声が飛んだ。

 その後も、まず福島オフサイトセンターに詰めている東電原子力担当副社長の武藤栄が「もう海水を考えないといけないんじゃないの? これ官邸とご相談ですか」と疑問を示した。東電本店に詰めているフェローの高橋明男も、「吉田所長、水はどこから持ってくるの。手当てのめどは立っているんですか」と心配した。
 電話の主はどれほど強い要求をしたのだろう。吉田はそんな周囲の心配に耳を貸さず、淡水注入に切り替えた。
 その結果、福島第一原発の現場は苦労の連続となった。すぐに使える淡水は、消防車による注入で使えるのが80トン、ディーゼル駆動消火ポンプで使えるのが800トンしかない。それぞれ2時間、20時間で費えてしまう量だ。
 技能訓練棟のプールの水など所内のあらゆる淡水を集めてくることになったが、急なことでなかなかうまくいかない。応援に来るはずの消防車もなかなか来ない。自衛隊の水もこの日は届かなかった。
 切り札のホウ酸水注入系のポンプも、4号機の配電装置から電気を引っ張ってくるケーブルが1号機の爆発で損傷し、使えないことが判明した。

——「官邸から電話があって、何とかしろという話があった」

 そうこうしているうちに3号機の炉の圧力が上昇してきた。そうなると、ディーゼル駆動消火ポンプは水を吐き出す圧力が低いので、炉の圧力が高いと水を注ぎ込めない。結局、淡水注入は、消防車を使う分の80トンしかできず、午後0時20分ごろ終わった。

 吉田は「あの、もう、水がさ、なくなったからさ」と海水注入を指示した。吉田はものの10分もあれば段取り替えを終え、海水注入が始まると見込んでいた。しかし、実際に始まったのは午後1時12分。52分間もの間、3号機にはまったく水が注ぎ込まれなかった。
 目の前の炉の挙動、淡水の確保の見通し、こうしたものを一切無視して、廃炉を防ぎたいという、遠く離れた東京の「官邸」からの要求を受け入れた結果、吉田は危機を拡大させてしまった。

13日昼過ぎ、淡水がなくなったと報告する吉田所長

写真|緊急災害対策本部に臨む菅直人首相(左から3人目)=16日午後4時9分、首相官邸、飯塚悟撮影

——— 2号機はそのまま海水からいきますよというような話があって、このころはここには出てきていないんですけれども、これについては官邸なりというのはないですか。

吉田「なかったですね。記憶にないですね」

——— あと、山下さんというお方は、どういう立場の方ですか。

吉田「山下は、本店の復旧班の班長なんですよ。(後略)」

——— 山下さんは、海水というのは、そのまま材料が腐食する、腐ってしまったりしてもったいないということで、なるべく粘って真水を待つという選択肢もあるというふうに理解してよいでしょうかと。これは当然、あるんだったらそれでという考えはあるんでしょうけれども、そう、ないものねだりできないからというところの時期なんですね。もうこのころは。

吉田「そうです」

 52分間、水が注ぎ込まれなかった3号機は、炉の状態が悪化の一途をたどった。
 炉水位は回復せず、午後1時23分には原子炉建屋の二重扉の内側で毎時300ミリシーベルトという極めて高い放射線量を観測したとの報告が入った。内側はもやもやしていたといい、爆発性のある水素を含む水蒸気が原子炉格納容器から漏れ出していた可能性もある。
 ここで2号機の注水方法を考える時期がきた。吉田はさすがに2号機については最初から海水でいくと宣言した。午後1時13分のことだ。「官邸」もまずいと思ったのか、2号機の海水注入は「事業者がやるんなら良い」とあっさり許可した。

3号機の炉圧上昇の報告を受ける吉田所長

 しかし、東電内では、こんな痛い目に遭った後でさえ、なんとか廃炉を回避するため海水を使わないでいこう、という考え方はなくならなかった。
 例えば本店の復旧班長は、吉田の2号機海水注入宣言から7時間たった時点でも、廃炉回避のため、淡水でいくべきだと主張した。

 「こちら側の勝手な考えだと、いきなり海水っていうのはそのまま材料が腐っちゃったりしてもったいないので、なるべくねばって真水を待つという選択肢もあるというふうに理解して良いでしょうか」
 吉田が「理解してはいけなくて、もうラインナップがあそこのラインナップをして、供給源を海の供給源にしてしまいましたから、今から真水というのはないんです。時間が遅れます、また」「言いたいのは真水でやっといた方が、要するに塩にやられないから後で使えるということでしょ」と主張しても、「はい、そういうことです」と引こうとしない。
 吉田が「それは、私もずっとそれを考えたんだけど、今みたいに供給量がですね、圧倒的に多量必要な時にやっぱり真水にこだわってるとえらい大変なんですよ。だからもうこれは海水で行かざるを、この状況で行けば海水でいかざるを得ないと考えてると、こういうことです」と説明すると、「はい、現段階のことは理解しました」と答えた。

 原発の暴走を止めるにはとにかく水を入れて冷やすしかない。眼前に広がる太平洋は水を無尽蔵にたたえる。淡水が足りない以上、その海水を使うのは当然だ。
 しかし、鉄でできた精密機械である原発は、いったん海水を入れるとさびて二度と使えなくなる。廃炉だ。そうなると電力会社は多額の損失を計上しなくてはならず、倒産も視野に入る。
 「官邸」や東電には、危機がかなり進行した後も、できることなら廃炉を避けたいという考えが存在していた。(文中敬称略)

第2章2節「広報などは知りません」に続く