「くらべる・ひ」「とどまる・りゅう」「あいだ・かん」。かつて朝日新聞の活版部員たちが使っていたやり方で筆者の姓を「字解き」すると、こんなふうになります。記事の入力・送稿を担っていた「連絡部」では、「比較のヒ」「書留のトメ」のような具体的な単語を使った字解きが中心でしたが、活版部ではその字の訓と音を組み合わせたパターンが大部分でした。

 →  文字@デジタル「職人たちの『字解き』」

 上に挙げた字解きはいずれも平易なものですが、中には、古文や漢文の授業で習うような古めかしい言葉を使っているものもありました。このシリーズで紹介している、1979年に東京本社活版部がまとめた社内資料「活版←→編集 文字の呼び方対比一覧」から、そうしたものを拾ってみましょう。

■品があったりなかったり

(以下、資料に記載された活版方式と連絡方式の字解きを掲げます。「~」は、重ねて読む場合を示します)

【宜】
 活版:むべ・ぎ
 連絡:便宜のギ~ヨロシク

【況】
 活版:いわんや・きょう
 連絡:不況のキョウ、サンズイにアニ

 「宜」の「むべ」という訓は「むべ山風を嵐といふらむ」や「むべなるかな」でおなじみの通り、「なるほど」といった意味の言葉です。
 「況」の「いわんや(況んや)」は漢文訓読から生じた語で、多く「いわんや~をや」という形で使われました。この字は「なおさら」という意味の「況(ま)して」にも使われますが、漢字を思い浮かべやすいのは「いわんや」の方でしょうか。


【簡】
 活版:たまずさ・かん
 連絡:簡単(タケ冠にアイダ)のカン  ※同じ字解きを活版でも使用

【詩】
 活版:からうた・し
 連絡:ポエムのシ、ゴンベンにテラ

 「たまずさ」とは手紙の美称で、ふつう「玉梓」または「玉章」と書かれます。「簡」はもともとは文字を書く竹の札のことですが、「書簡」のように手紙を表す場合もあります。
 「からうた」は「唐歌」で、漢詩のこと。「詩」はもともと漢詩を指す字ですから、「からうた」ということになります。
 どちらも訓読みというより字の意味を説明したものと考えられますが、いずれも古い表現であり、あらかじめ覚えていないと相手がどんな字を伝えようとしているのか分かりません。メンバーの入れ替わりが少なかった活版職場ならではの字解きといえます。


【陸】
 活版:くが・りく
 連絡:陸海空のリク、おかのリク

 「くが(陸)」は陸地で、日本書紀にも見える古い言葉です。新聞で「くが」といえば、明治のジャーナリスト「陸羯南(くが・かつなん)」が思い出されますが、それ以外でふだん「くが」という語に接することはなさそうです。


【陳】
 活版:のぶる・ちん
 連絡:陳情のチン、のぶればのチン

【由】
 活版:よし・ゆう
 連絡:自由のユウ、そうろうヨシ

 この2字では、活版ではなく連絡方式が特徴的です。
 「陳」の字解きに使われている「のぶれば」は、漢字では「陳者」。候文などの手紙で、冒頭のあいさつのあと本題に入る前に書く言葉であり、「申し上げますが」とか「さて」といった意味です。

  写真・図版

 「由」の「そうろうヨシ」も、候文で使う言い方です。「~由(よし)」は伝聞の内容を表しますから、丁寧語の「~候(そうろう)」につけば「~であるそうです」という意味になります。
 「陳者」も「候由」も、今の新聞では古い手紙の引用ぐらいでしか登場せず、あまりなじみのない言葉です。しかし、活版時代の新聞を支えた人々にとってはまだ比較的身近なものだったのでしょう。

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 上のように、ちょっと学のあるところ?を見せたような字解きがある一方で、今だったら使うのをためらうようなものも、資料にはいくつか見られます。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。現在、朝日新聞メディアプロダクション用語担当デスク。