「ドル」の仲間は、どんな面々か。
 新聞製作では実際の必要性に応じて文字を用意しているため、朝日新聞のシステムに常備している漢字の範囲は、JISなどの文字コード規格との間でズレがあります。国内で広く使われるJIS第1・第2水準は基本的にそろえていますが、それ以外の字は、JIS第3・第4水準(2000年制定)やJIS補助漢字(1990年制定)といった規格に合わせて用意しているわけではありません。
 常備していない文字が必要になったときは「緊急作字」した文字イメージを使いますが、入力が面倒だったり、記事データの二次利用に手間がかかったりします。
 前回紹介した囲碁棋士、李世乭(イ・セドル)九段の「乭」は、第3・第4水準や補助漢字には含まれていませんが、新聞社にとっては必要性の高い字です。近く、社内の新聞製作用フォントに加える予定です。

 では、現行の朝日新聞のシステムですでに常備している漢字のうち、第3・第4水準にも補助漢字にも入っていないものにはどんな字があるのか。いくつかご紹介したいと思います。

■CMが印象的でした

 「具が大きい」。20年以上前、俳優の小林稔侍さんと子役時代の安達祐実さんが親子の役を演じたCMを覚えているでしょうか。1991年にハウス食品が発売した、レトルトカレー「咖喱工房」。「咖喱」はカレーの漢字表記で、この商品では「カリー」と読ませています。「咖喱工房」は現在では販売されていませんが、当時このCMやパッケージから「咖喱」という書き方を知った人も多いのではないでしょうか。
 「咖」と「喱」は、どちらもJIS第1・第2水準に無い字です。このうち「咖」はコーヒーの漢字表記のひとつ「咖啡」に使われ、「啡」とともにJIS補助漢字と第3・第4水準の両方に入っています。しかし「喱」のほうはどちらの規格にも入っておらず、主要OSの標準日本語フォント(WindowsではMS明朝、MSゴシックなど)にはこの字が含まれていません。「咖喱」と書くためには他のフォントの力を借りることになります。
 大漢和辞典などの大きな辞書で「喱」をひくと、ヤード・ポンド法の質量の単位「グレーン」を表すと記されていますが、現代日本語で出てくるとすればやはり「咖喱」でしょう。中国でもカレーは「咖喱」と書かれます。

 前回触れたように、1997~99年度に筆者は第3・第4水準の原案策定作業に参加し、直近3年分の朝日新聞縮刷版に見えるJIS外字の用例を委員会に提出しましたが、その中に「喱」は含まれていませんでした。今回改めて調べてみると、咖喱工房のCMに言及した記事が1990年代前半の朝日新聞にいくつか出ていたのですが、筆者がJIS外字の用例を探したのよりも前の時期の紙面でした。

写真・図版

 ハウス食品はその後、1999年に新たな商品「咖喱屋カレー」を発売。こちらは現在も販売しています。これらの商品名が浸透したためか、「咖喱」という表記は広く認知されてきているようです。地域独自のカレーの名称で紙面に登場したり、カレー店の看板に「咖喱」の字が使われたりしています。
 
    写真・図版

 現在の朝日新聞の紙面製作用フォントにも「喱」が入っており、本文や見出しでいつでも使えるようにしてあります。

■もっと出てほしかった

 数あるスポーツの中でもプロ野球は、試合数の多さもあって、選手名が紙面に出る頻度が高い競技です。
 2010年シーズン、福岡ソフトバンクホークスに韓国の大砲・李杋浩(イ・ボムホ)選手が加わりました。2009年3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に韓国代表として出場した際は「李机浩」の表記で報道されていましたが、ソフトバンク入団後、本来の表記となりました。

 「杋」という字は大漢和辞典などには「木の名」とありますが、ふつうなら日本語の文章ではまず使われない字で、JISの補助漢字にも第3・第4水準にも入っていません。しかし、もし第3・第4水準の原案策定作業中に李選手が日本でプレーしていたら、採録対象になった可能性が高いと思います。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。現在、朝日新聞メディアプロダクション用語担当デスク。