新聞社が用意する活字にも、地域性がありました。特定の町名などに限って使われる字は、その地域を管轄する本社にとっては不可欠ですが、他の地域の本社にとってはほとんど必要のないものです。現代の新聞製作システムにはどの地域の文字も特に区別することなくデジタルフォントとして搭載されていますが、鉛の活字を使っていた時代は、それぞれの本社で地域の必要性に応じて母型や活字を用意するということが行われました。

 このコーナーで眺めてきた朝日新聞の社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」(第3版、1960年)は、四つの本社で共通して整備すべき漢字4000字を選び出し、活字の基準となる字形を示すことを目的として作られたものですが、巻末の「ローカル字」一覧には、そこからこぼれた、しかし地元では必要と判断された字が掲げられています。

写真・図版

「統一基準漢字明朝書体帳」第3版(1960年)p43

 このページには「郡市名文字は選定字に含めた」と記されています。選定字というのは書体帳が整備対象として選んだ4000字のことです。つまり郡名や市名の字は書体帳の本編のほうに入っており、ローカル字に入った地名文字は町村名や字名などということを意味します。

 このほか「中国、韓国などの要人名は次第に使用字がかわるのでローカル字扱いとした」とも注記されており、これに該当する字も複数見受けられます。

■東日本大震災で全国に知られたあの字も

 では、書体帳でローカル字とされた漢字を順に見ていきましょう。今回は、まず東京と中部のローカル字に含まれるものから。  ところで、書体帳では「中部」と表記されていますが、1955年2月から今と同じ名称の「名古屋本社」になっていましたので、この時点ではもう「中部」でなく「名古屋」と書くのが正確だったはずです。しかし名古屋本社となる前は中部本社あるいは中部支社などと「中部」を名乗っていたことから、まだ社内では「中部」と呼ばれることが多かったのでしょう。ここでは、書体帳の表記に従って「中部」としておきます。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。