■進まぬ理解 妊娠中でも「あえて使わない」

 おなかに赤ちゃんがいることを示す「マタニティーマーク」を厚生労働省が発表して、今年で10年目。妊娠中はおなかの目立たない初期でも体調が不安定になりやすいため、マークを身につけることで周囲にさりげなく妊娠を知らせ、理解や配慮を求めるというものです。具体的には、電車やバスで席を譲る、受動喫煙を防ぐ、倒れた時に適切な処置を受けられるようにする、といった対応が想定されています。

 マークができる以前は、「妊婦さんかと思って席を譲ったら、ただのぽっちゃり体形だったらしく、相手を怒らせてしまった」といった失敗談を耳にすることも。マークを作ることでそうした善意を後押しするとともに、妊婦さんが安心して外出できる環境づくりが進むことが期待されます。

 ところがこのマーク、最近はあえて身につけないようにしたり、使う時もなるべく目立たないサイズのものにしたりする妊婦さんも多いのだそうです。その背景には、「『席を譲れ』と圧力をかけているようで気が引ける」「子どもがいない人や不妊治療中の人が見たらつらい思いをするから」との遠慮や、「マークをつけていると嫌がらせに遭う」という情報がインターネットで広がっていることなどがあるといいます。

 周囲が妊婦に配慮しやすいよう作られたはずが、逆に妊婦が周囲に配慮をする状況になってしまっているマタニティーマーク。母体や胎児を守るという本来の目的がうまく伝わらず、「席譲れマーク」や「幸せ自慢マーク」だという誤解や反感を招いている面があるようです。

 この問題は10月17日の朝日新聞デジタル版記事「マタニティーマーク10年、世間の反感に自粛する妊婦も」や11月17日の「マタニティーマーク 妊婦さんの思い、考えよう」などで取り上げられ、ツイッターやフェイスブックでも大きな反響を呼びました。

 折しも読者から「声)電車で妊婦への冷たさを知る」(10月6日)との投稿も寄せられ、11月11日には拡大版の「声 どう思いますか」で特集されました。
 
 妊婦のためのマークは以前からさまざまな団体や自治体などが独自に作っていましたが、最もよく知られているのは2006年3月に厚労省が発表したマタニティーマークでしょう。公募で選ばれたデザインで、ピンクのハートの中に母子が描かれ、「おなかに赤ちゃんがいます」「禁煙にご協力ください」「席は譲りあっておかけください」といった一文が添えられている場合もあります。

 06年8月からは首都圏の鉄道16社局がマークの入ったキーホルダーを希望者に無料配布し、ポスターなどで周知をしています。現在では20社局に広がり、13年からは関西の鉄道25社局も同様の取り組みをしています。ほかにも自治体が母子手帳の交付に合わせて渡したり、育児雑誌が付録にしたりと、さまざまな形で広まっています。

 身につけるグッズ以外にも、公共施設などでは駐車場にマタニティーマークをあしらった専用駐車区画を設けるところも増えてきています。重い荷物を持って長い距離を歩くと体に負担になる、おなかが大きいためドアを大きく開けないと乗降しづらい、といった面への配慮からで、もともと車いす利用者や高齢者を対象とした優先駐車区画を妊産婦も使えるようにしているところもあります。

 ただ、10年近く経っても認知度には性別や年代によってばらつきがあるようです。同省の「母子保健に関する世論調査」(14年、成人男女約2千人が回答)では、マタニティーマークを「知っていた」と答えたのは45.6%で、「言葉だけは知っていた」(8.0%)と合わせても53.6%。半数近い人が言葉も知らなかった、との結果が出ました。男性に限ると「知っていた」は31.2%まで下がり、女性の57.6%と大きな開きがあります。また年齢別に見ると、20代では66.4%、30代では68.7%が「知っていた」と答えていますが、40代では56.9%に下がり、70歳以上では23.9%の人しかマークを知りませんでした。

 別の厚労省調査によると普及には地域差もありますが、中にはすでに別の類似のマークが普及していたり、マークに頼らなくても住民同士の助け合いが機能していたりする地域もあるようです。

細川 なるみ(ほそかわ・なるみ)

1982年生まれ、豪州などあちこち育ち。大学では比較刑事法専攻だったが、語学好きが高じて校閲記者の道へ。06年入社、東京校閲センター所属。大阪校閲も2年間経験。オフの楽しみは美術館めぐりとテニス観戦、好きなご当地キャラは「ひこにゃん」と「しまねっこ」。