(ことばの広場+)

 自己紹介は、外国語を習うとき、初めに学ぶことが多いと思います。名前の順番という誰にとっても重要なことの変更が、なぜ最近になって行われたのでしょうか。

 10月21日付紙面に掲載した「ことばの広場」よりもう少し詳しく、英語の教科書の歴史を見ていきましょう。

■英語の教科書の歴史

 日本人が最初に本格的な英語の教科書をつくったのは、1889年のことです。文部省が刊行した「正則文部省英語読本」では、日本人の名前はYamada Taroと「姓―名」の順で表記されていました。このときはまだ、日本語と同じ順番だったわけです。

 和歌山大学の江利川春雄教授の調査によれば、教材の中に「名―姓」の表記が現れ始めるのは1904年。高等小学校用の教科書にN.KambeやU.Kobayashiといった表記が見られるそうです(ただし、教科書の著者が自らの名前を「名―姓」の順で表記している例はこれ以前にもありました)。

 教科書以外では、1865年の「幕末洋学者欧文集」に「名―姓」の表記が見られます。現存する資料としてはこれが最も古い例のようです。幕末から明治初期にかけては二つの表記が混在しており、定まっていません。江利川教授は「『家を守る』という武士の考え方で名字を大事にするか、西洋のスタンダードを取り入れて『文明人』をアピールするか。価値観をどこに置くかで、選ぶ表記が分かれたのでは」と分析します。

 1944年に刊行された準国定の教科書には、海軍大将の山本五十六をIsoroku Yamamotoとした記述も見られ、太平洋戦争中にも「名―姓」の順番を取り入れていたことがわかります。日本をJapanと呼ぶのは西洋人の見方であるとして、Nipponと表記するよう変更させていたような時代です。国粋主義に傾く一方で、名前の順番については頓着していなかったようすがうかがえます。

 戦後、1947年に新制中学が発足すると、英語はほぼすべての国民に教えられるようになり、「名―姓」の表記はますます浸透していきます。