(7月8日付朝刊に掲載した「ことばの広場」を再録しました)

 桃をたくさんもらったとします。お隣さんに「お裾分けです」と渡すと、「目上の者が下に対して使う言葉だから失礼」と言われたらどうしますか? 似たような経験をした読者から「現代での意味を知りたい」との質問を頂きました。

 「広辞苑」によると、お裾分けは「もらいものの余分を分配すること」。特に上下関係の印象は受けませんが、周りに聞いてみると「確かに、目上に対して『裾』を分けるという言葉は合わない」という声を聞きました。この語感の鍵は「裾」という言葉にありそうです。

 「お裾分け」は一部を分けることが語源という説が有力。裾は衣服の下部のほか、「山裾」のように物の下部、端っこを指すこともあります。相場用語で「裾物」は下等品を指し、裾がマイナスの意を含んでいます。
 このような語感が、目下に使うという考えにつながるのでしょうか、江戸後期の書物「譬喩尽(たとへづくし)」には「すそわけといふ詞(ことば)は失礼なり」とあります。

 ですが、国語学が専門の川嶋秀之・茨城大学教授によると、室町後期~江戸初期の文献に、目上または同輩に「すそわけ」という言葉を使っている例があるそうです。「当時は身分の上下に関係なく使ったとも考えられる」とみます。

 「裾分け」は、宣教師が日本語を習得するために17世紀初めに作られたポルトガル語辞書にも載っています。すでにその頃には、人々の生活に根づいていたのでしょう。現代でも使われるのは、物を分けることで喜びを共有する文化が脈々と続いてきたからではないでしょうか。物を分けたい人がいる幸せを表すこの言葉、上下関係を超えて大事にしていきたいものです。

 「譬喩尽」の先の記述は「但(ただ)し貰(もら)ふ方は随分よろしき詞なり」と続きます。失礼と言いつつ、実はもらうとうれしい。そんな気持ちを垣間見るような気がしませんか。

(梶田育代)