【松井望美】安倍晋三首相は参院選を安全運転で乗り切ろうとしている。街頭演説では経済政策アベノミクスを前面に出し、原発や憲法といった国論を二分する話題には踏み込まない。負担増に直結する政策課題も有権者には語られないままだ。
投開票日まで残り2日に迫った19日、安倍首相は三重、千葉両県の3カ所で街頭演説をした。大半をアベノミクスに費やし、「実体経済は間違いなく良くなっている。私たちにはこの道しかない」と成果を誇る。
演説時間は15分前後。名産品などの地元ネタを交えるものの、先月の東京都議選から練り上げた内容はほぼ経済一本で通す。それゆえ、ほかの重要な政策課題は抜け落ちている。
■「揚げ足」を恐れて
九州電力が川内原発(鹿児島県)の再稼働を申請した3日後の11日、首相は鹿児島市内で演説した。それを聞いた女性(74)は「原発に触れなかった。他のエネルギーのことも聞きたかった」と残念がった。
公示日の4日、福島県内で演説した首相は、自民党政権が進めてきた原発政策への反省を述べた。ただ、それ以外で原発政策に触れることはなく、再稼働への言及もまったくない。政権幹部は「原発は積極的に触れる内容ではない。『再稼働強調』だとか揚げ足をとられる」と解説する。
交渉参加への抵抗感が強い環太平洋経済連携協定(TPP)も避けているテーマだ。反対派の説得役と頼む江藤拓農水副大臣の地元・宮崎県で「TPP交渉でも責任を持って日本の農業、漁業を守っていく」と語ったのは例外的。農業王国の北海道では「農業漁業林業を断固として守る」と強調するのが精いっぱいだった。
こうした国論を二分するテーマは争点化を避ける狙いもある。首相自身の思い入れが強い憲法改正も街頭では封印する姿勢だ。
15日放送の民放番組では質問に答える形で「9条を改正して(自衛隊の)存在と役割を明記していく」と主張したが、街頭演説ではほとんど取り上げない。6日には大阪市など2カ所で「誇りある国をつくっていくためにも憲法改正に挑む」と訴えたが、「候補者が憲法について話したのに引きずられた」(周辺)とし、それ以降は封印。改憲に対する国民の理解が広がっているとは言えず、閣僚の一人は「この選挙戦で憲法を語る必要はない」と話す。
■07年選挙を教訓に
参院選後に判断時期が迫る消費増税や、給付水準の引き下げが今後焦点となる年金といった国民の痛みを伴う課題ははなから語らない。第1次安倍内閣の2007年の参院選では、当時、批判を浴びていた年金記録問題で「第三者委員会をつくり、まじめに払った人に対し確実に支払っていく」と訴えたが惨敗。首相周辺は、安全運転に徹する今回の演説内容を「前回の反省が生きた」とみている。
官邸スタッフの一人はこう漏らす。「最終的に安倍政権が目指すものを一つひとつ説明しなくたって、皆さん十分ご存じだ。改めて声高に言う必要はない」
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■「痛くない針」演説で言及
安倍晋三首相が6月の東京都議選以来、街頭演説で取り上げてきた東京の金属加工会社「岡野工業」が、東京国税局から1億円超の所得隠しを指摘された。同社は「刺しても痛くない注射針」を開発した技術力の高い企業として知られ、首相は成長戦略の旗手として例示してきた。
首相は演説で、成長戦略を進めて日本経済を再生させる決意を訴え、6月に同社を視察して注射針を刺したが「全然痛くなかった」とのエピソードを紹介。首相は「もっとこういうものを世界に輸出していきたい」などと医療分野の輸出を後押しする考えを強調していた。都議選では、約20カ所の街頭演説で同社に言及。参院選でも何回か取り上げた。
参院議員選挙公示 | 7/4(木) |
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