■女性の力で飛躍
私は常々、大和証券グループで働く女性は「損をしている」と考えていました。能力も高く、仕事で成果を出しているのにもかかわらず、ある一定の年齢になると、男性よりも昇進が遅れる傾向がありました。また、支援制度が整っていなかったため、結婚や出産を機に会社を辞めていく人も多くいました。
知識や経験をつけた優秀な女性社員たちが「これから」というタイミングで辞めていってしまうことは、会社にとって大きな損失です。女性も生涯設計がきちんとできる会社にしなければならない――。社長になった私は、女性が働きやすい職場環境の整備に力を入れました。
◆4人の女性役員誕生
最も話題になったのは、2009年4月に女性役員が誕生したことでしょう。それまではいなかった生え抜きの女性役員が、いきなり4人誕生したことは、「異例の大抜てき」などと、マスメディアでも好意的に取り上げられました。
私が会長になった現在も、グループで5人の女性役員が活躍しています。言うまでもなく、役員としての能力があると判断したから、役員に起用したのです。
ただ、最初の「4人」には理由がありました。
これまでも、個人営業の現場で「女性支店長」の辞令はたまに出ていました。しかし、数が圧倒的に少なく、残念ながら象徴的な存在に過ぎませんでした。女性社員の意識を変革するための人事としては、ほとんど効果はありませんでした。
ですから、まとめて4人を役員にしたのです。1人の女性役員を象徴的に誕生させたとしても、周囲からねたみの目にさらされてつぶされてしまう可能性があります。しかし、4人であれば、一定の存在感を示せます。私は実力のある女性役員候補が育つのを待っていました。
そもそも、なぜ、私は女性の活躍に期待するのでしょうか。
大きな視点に立てば、少子高齢化が進む日本社会で、経済成長を維持するには女性の社会進出が欠かせません。また、大和のトップとしての視点では、同じ仕事をしているのに男性の方が結果的に優遇される従来の仕組みを続けることは、会社の競争力を大きく低下させる、と考えていました。
社長に就任した翌年の2005年2月、「女性活躍推進チーム」を発足させ、女性が活躍できる機会や制度の充実を図るため、育児休職期間の延長、保育施設費用補助の制度など、矢継ぎ早に社内制度を変えていきました。
その結果、育児休職を取得する女性社員数は、2005年の138名から2011年度の396名に増加。また、女性の管理職数は、2005年度には75名だったのが、2011年度には170名にまで増加しています。
女性の様々なロールモデルが増え、目に見える形でのキャリアを描きやすくなったことで、様々な部門で多くの女性が活躍し、上を目指し働き続けています。
◆支店の女性トイレを広いスペースに
社長就任後、全国の支店を訪ねた際に失望したのは、お客様を迎える店頭はきれいなのですが、社員たちが働いているスペースがとても汚かったことでした。
古い机は傷だらけでコーヒーをこぼしたあとが残っている。机のそばには段ボールが積み重ねてあり、壁には古いポスターが貼ったまま。「これではいけない」と考え、全国の支店のオフィス家具を新調し、整理整頓を徹底させることにしました。
また、トイレは女性用のスペースが小さく、男性用は大きい支店がほとんどでした。ただ、新卒採用は昔と違って、男性と女性の比率はほぼ半分ずつ。7割が女性という支店もあります。私は「男性用を小さく、女性用を大きくしなさい」と命じました。バッグなどの置き場所も整え、使いやすいように心を配りました。
こうした施策をとった結果、100位前後だった雑誌の就職人気企業ランキングが、10位前後を獲得できるようになりました。現場で働いている社員たちのやる気も向上し、優秀な人材も確保しやすくなりました。
このように女性が活躍できる環境を整えてきたつもりですが、思いもよらぬ盲点があります。
今年6月のことでした。私は社長時代から毎月、退職する社員のリストに目を通すことにしているのですが、地方支店にいた優秀な女性社員が退職することになっていました。人事担当者に事情を聴くと、「社内結婚したからです」。
社内結婚した場合は、夫婦で近くの支店で働けるように勤務地を変更できる制度を新設していましたから、「なぜ、それを使わないのか」と聞くと、人事担当者は「異動先が地方支店だからです。近隣に支店がないため、夫婦で同じ支店で働くことになってしまいます」。
私は即座に「それはおかしいぞ」と思いました。「夫婦が別々の課で仕事をすれば、同じ支店で働いても問題ないじゃないか」。私は人事担当者と相談して、女性社員が退職しなくてすむように対応しました。
優秀な社員を育てるのには時間がかかりますが、失うときは一瞬です。企業が生き残れるかどうかのカギは、人材を育てる重みを知っているかどうかにかかっています。(聞き手・古屋聡一)