〈仕事のビタミン〉林文子・横浜市長:1

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林文子(はやし・ふみこ)1946年生まれ、東京都出身。都立青山高校を卒業後、繊維メーカーなどに勤務。自動車セールスに転職し、トップセールスを続ける。自動車販売会社社長、ダイエー会長兼最高経営責任者などを歴任後、09年8月から横浜市長。細川卓撮影

■人に出会える最高のチャンス 営業は楽しい

 18歳で社会に出て、繊維メーカーに就職しました。当時は男女の仕事がはっきり分かれていて、「男性と同じような仕事がしたい」と思いましたができませんでした。

 転職を重ね、31歳で出会ったのが自動車の営業です。たまたま、私の家の担当セールスの方が大変おとなしい方で、聞くと、その方がトップセールスだったんです。それで「こんなおとなしい方でもトップセールスなのだから、人も車も大好きな自分でもできるかも」と、募集告知を見て、応募しました。

 最初は飛び込みの営業です。自分で、1日100軒、とノルマを決めて、ご訪問しました。もちろん、簡単には玄関を開けていただけません。そんな中で、本当に幸運なことに、お話しできるチャンスにめぐり合ったら、5分、10分であっても、その時間を楽しい気持ちになっていただき、お客様に「結構感じのいい人だったわ」と思ってもらわないと失礼だと思って、それを一生懸命に心がけました。まず、自分がどんな人間かをお伝えし、お客様に安心感をもっていただかないと、車の話ができません。

 自分を受けとめてもらうためには、まず相手に関心を持つことです。それで覚えたのが、相手を褒めることと喜んでいただくこと。そうしているうちに、思いがけず、好感を持って下さる方が現れて、「あの人を紹介しましょうか」と言って下さるのです。最初に車を買って下さったお客様は、「ご紹介」でした。一生懸命にやっていると、ご自身が買わなくても、他の方を紹介してくださるのが、営業の妙味です。

 「せっかく来てくれたのだから、ちょっと営業の人を喜ばせてあげよう」と、誰かを紹介してくれたりする。お客様に、「この人のために何かしてあげたい」と思っていただいたら、最高の営業ですね。

   

◆営業は恋愛みたいなもの

 営業ほど楽しいことはないですよ。まず、人との出会いを楽しむことです。名刺があれば、堂々とどこにでも行けますでしょう。人は出会えるようで出会えない。街角ではすれ違えるけど、向き合って話すことはなかなかできませんから。営業は出会いの最高のチャンスです。

 営業を「モノを売らなければいけない」と思わずに、「最高の勉強のチャンスだ」「こんなにいい仕事をもらった」と思うことです。営業は恋愛みたいなもので、モノが売れるということはお客様と気持ちが通じ合うことでもあり、こちらの気持ちが盛り上がります。

 それともう一つ。営業が恋愛みたいなものだというのは、いかに自分に振り向いてもらうか、というプロセスが楽しいのです。最初は無愛想だった方がだんだんと心を許してくれるようになると、うれしいですね。

 市長という立場になっても、経営者の時と同様に営業マインドをもって仕事をしています。お客様がいらっしゃると、心を込めておもてなしをします。例えば、海外のお客様がいらした時には、市役所の正面玄関からウエルカムラインを作って、拍手でお出迎えをしています。おもてなしで、心がつながることで、次の仕事がスムーズにいくことがあるのです。市民の皆様に最も近い行政だから、おもてなしのサービスを実践し、信頼と共感の市政運営を掲げています。

 企業誘致のための営業もしています。もちろん、こちらから社長のところに伺います。そういう時は、「昔こういうふうに、営業をしていたなぁ」と思い出し、エネルギーがわいてきますね。

    

◆人間対応力が一番大事

 時代は変わりましたが、どんな時代にあっても、営業の方に必要なのはコミュニケーション力だと思います。情報通信技術の時代で、メールなどにどうしても頼りますし、それがなければ仕事も動かない。だけど、やっぱり文字だけでは、その人の本質は見えません。是非、営業の方には、瞬時に相手の気持ちが変化していく中で、きちんと話ができる人間になってほしいものです。

 携帯電話などのツールは、自分の気持ちを送りはするけれど、相手の心に自分の気持ちを届かせるためには、面と向かって話し、相手の感情に合わせて、伝えたいことをきちっと伝えていく訓練が必要です。人間対応力ともいうべき、コミュニケーション能力、それが一番大事なことです。どれだけ知見や見識があっても、それを相手に丁寧に伝える力がなければ、宝の持ち腐れです。

 営業に限らず、仕事をスムーズに進めるためには、相手の話を聞き続け、受け止めることが一番です。最近は相違点があると、それだけを論点に、攻撃しあう傾向がありますが、まずはゆっくり聞く、承ることです。「なるほど、いい勉強になりました」と、言葉に出すことも大事ですね。そして、相手の話がちょっと違うと思ったら、「なるほど、そうですね」といったん引き受けてから、「でも、私はその点はこう考えますが、いかがでしょうか」と投げ返す。そうすれば、職場でもどこでも、大体において人間関係はスムーズに動き、良い結果につながります。

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