2011年12月1日10時40分
■「KAITEKI」、世界に発信する新しい価値
世界人口がついに70億人に達しました。人類は300年ほどで10倍にも急増し、国連は21世紀半ばには90億人を超えると予想しています。人口は爆発的に増え続ける一方で、地球温暖化問題、水、食糧、資源、エネルギーの枯渇など、人類の存続を危うくさせる巨大な壁が立ちふさがっています。
地球は1つしかありません。私たちはどのように生きていけばいいのでしょうか。私は社長に就任して以降、「KAITEKI」という、新しい価値に答えを見いだすべきだと提唱しています。
では、「KAITEKI」とは何でしょうか。これは私が作った言葉ですが、単に心地よさだけをあらわすものではありません。人、社会、地球にとっての快適をあわせもったもので、真の持続可能性(SUSTAINABILITY)をもった状態を意味します。人類が70億人、90億人、100億人を超えても、安定的に存続できる状態です。
なぜ、「KAITEKI」を発信しようと思ったのでしょうか。話は2005年に三菱ケミカルホールディングスの前身の三菱化学で、研究開発担当の役員をしているときにさかのぼります。
事業を見渡したとき、何をやっている会社か、すぐにわからないことに気づきました。オーストラリアから運んできた石炭を使ってコークスをつくるかと思えば、ペットボトル向けの樹脂をつくったり、CD−RやDVD−Rの製造・販売をしていたり、薬をつくっていたり。要するにすべてをくくる共通の旗がなかったのです。
さらに、私は昔とは違って、研究開発のテーマは「300個のうち、1個があたればいい」という時代ではないことに気づきました。むしろ、50年、100年先の世界を見越して、未来の地球に必要な事業テーマを探すべきだ、と。
●利益至上主義の終わり
地球を取り巻く厳しい状況を考えれば、企業がたんに利益をあげてもうかればいい、という時代は終わりました。そんな経営を続けていれば、天然資源は枯渇して地球は破壊され、企業も成り立たなくなります。
そして「KAITEKI」にたどりついたのです。
私は「KAITEKI」に、環境・資源(Sustainability)の持続可能性、健康(Health)、快適(Comfort)のすべてをあわせもった意味を持たせています。
「KAITEKI」の実現とは、例えば、植物由来のプラスチックのような、限りある化石資源の依存度を小さくする研究開発を行うことがあげられます。要するに、持続可能な製品を、持続可能な原料から、持続可能なやり方で製造し、持続可能な社会をつくりあげ、持続可能な収益を上げていくことです。
個人、社会、国家、人類の持続可能性を考え、永続に寄与する製品を研究開発する。それが会社の持続可能性につながっていきます。
海外からの反応は良好です。私が「KAITEKI」の概念について、海外の知人に説明すると、それは「共生(Symbiosis)ということか」と聞かれました。答えは「Yes」です。「科学、社会、経済、環境の共生」ということでもあります。地球の存続を考えた場合、それぞれは、関係を持ちながら「共生」する運命にあると思います。英国のグループ会社のトップからは、「KAITEKIは、Well−being(幸福、健康な状態)という意味か」と聞かれました。これも異論はありません。
ウォール街の一部に代表される行きすぎた金融資本主義は、短期間に巨額の利益を上げるために暴走して、破綻(はたん)しました。金融工学などの発達で、資本主義はものづくりで付加価値を生み出すことから、お金がお金を生み出すシステムに変容してきました。一部では「自分たちがもうかればあとはどうなってもいい」という意識が広がったと残念に思っています。
●日本発の国際基準に
日本にはもともと、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の「三方よし」の考え方があります。商売は自分だけがもうけるのではなく、取引先や社会全体に絶えず心を配ることで、初めて成功するという考え方です。私が提唱する「KAITEKI」と理念は近いと思います。「KAITEKI」は、日本企業にとっては導入しやすい価値ではないでしょうか。
ものづくりの世界では、トヨタ自動車が「KAIZEN(カイゼン)」という言葉を世界に広げました。三菱ケミカルHDは2011年度から、それぞれの事業がどれだけ「KAITEKI」という価値を生んだか、数値化して示します。そのために用いるのが、「MOS(Management of Sustainability)指標」という、経営管理指標です。この中身については次回、くわしくお話ししますが、「KAIZEN」と同じように、「KAITEKI」を世界に広げていきたいのです。
「ISO」や「IFRS」などの既存の国際基準は、欧米発のものがほとんどでした。日本人の発想で経営を測る尺度があるべきです。それが成熟した日本が世界に存在感を打ち出す方法の1つだと思っています。