〈仕事のビタミン〉浜野慶一・浜野製作所社長10

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浜野慶一(はまの・けいいち)。浜野製作所の2代目社長。1962年、東京生まれ。大学を卒業後、町工場での修行をへて、家業に。ある出来事でゼロからのスタートを強いられた経験を生かし、各地を講演、熱く語っている。鈴木好之撮影

■涙が止まらない、プレゼント

 みなさんもそうだと思いますが、長いこと働いていると、忘れられない仕事や出会いが、いくつもあるものです。

 今回は、わたしが、「あ〜、この仕事やってよかった!」「ものづくりってこういう事なんだよな!」って感じた仕事の話をします。

 うちのホームページを見ていただければ分かるのですが、金属製品の加工についての依頼を受け付けています。個人、法人を問いません、どなたの依頼もお受けしています。

 本来なら、個人のお客さまの依頼は、お断りした方が効率は良いのです。なぜなら、法人のお客さまであれば継続してお取引をいただける可能性もありますが、個人のお客さまの取引が継続することは、まずありません。

 さらに、個人のお客さまの依頼は、こんな内容が多いのです。

 「DIYショップで買ったカーテンレールが少し長いので切ってもらえないか?」「ちゃぶ台の脚が少し長いので切ってくれないか?」「金具が折れてしまったので溶接でくっ付けてくれないか?」

 お客さまに、その仕事が評価されたとします。でも、翌月、カーテンレールを300本切ってくれ、ちゃぶ台の脚を200セット切ってくれ、って依頼につながりませんよね。

 ついでに言わせてもらえれば、受注単価も安いので個人の方からの受注をしても、もうからないんです。

 そんなグチばっかり言うのなら、個人からの仕事は受けなきゃいいじゃない、って思われるでしょう。でも、やめられないのです。あれは数年前、1本の電話から始まります。

 「うちのベッドの手すりの部分を改造していただけないでしょうか」

 声や話し方からすると、30代後半の、礼儀正しい男性だと感じました。

 さらにお話をうかがうと、1週間以内に改造してほしい、とのことです。

 何かを感じたわたしは、うかがいました。「差し支えない範囲でかまいませんので、ご事情があればお聞かせ願えないでしょうか?」

 すると、男性は語り始めました。「じつは、わたしには目の中にいれても痛くない、かわいい娘がいます。ところが……」

 男性の話がつづきます。

 事故で下半身に障害が残り、車いす生活をしているのですが、娘の歩く姿をもう一度見てみたい、娘といっしょに散歩をしたい。自分の身体と取り換えてでもいいので、娘を歩かせてあげたい。しかし、それはかなわぬ願いです。

 1週間後に、娘の6歳の誕生日がきます。一人娘でハンディがあるということで、わたしは甘やかして育ててきました。いままでは、プレゼントといえば、ぬいぐるみや人形、おままごとセットなど、娘のほしいものを買ってきました。

 ここで男性の声が強まります。

 「わたしは絶対、娘の歩く姿をみたい。6歳の誕生日をきっかけに、わたしの思いを娘に伝え、いっしょにリハビリをやっていきたいのです」

 寝ていた娘さんが自分で起きあがったり座ったりするには、ベッドの手すりに手を置く必要がありますね。ところが、小さな娘さんには、その手すりの部分が高すぎ、しかもまっすぐにつくられているので、思うようにリハビリができなかったのだそうです。

 その男性は、業者をいろいろ探したのですが、個人からの依頼を引き受けてくれる会社がみつからず、とうとう誕生日まで残り1週間になってしまったのだとか。

 そのころ、うちの工場は大忙しでした。従業員たちに相談しました。

 「どうする? できるか?」「社長、やりましょう!」

 お引き受けして、手すりの部分をちょっと低くし、うねうねと曲線に改造しました。というか、つくり直したといった方がいいかもしれません。何とか間に合わせ、納品させていただきました。

 数日後、男性から、連絡をいただきました。

 「つくっていただいた改造ベッドを娘に渡すまで、不安でたまりませんでした。こんなのイヤだ、お人形の方がいい、とか言われてしまうのでは、と心配でした」

 「誕生日の日、わたしの思いや願いを娘に伝え、今年のプレゼントはこれだよ、歩けるようになろうね、パパといっしょに頑張ろうね、と言って、娘にプレゼントを手渡しました。そうしたら娘が、大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて、パパありがとう、パパありがとう、パパありがとう、って3回、わたしにお礼を言って抱きついてきました。わたしはうれしくて、うれしくて。浜野製作所のみなさま、本当にありがとうございました」

 いまも思い出すと、涙がでてきます。

 浜野製作所でつくっているのは、おもに金属製の部品です。それは機械の中に入ってしまっているし、どこに使われているかさえ分からないこともあります。

 わたしたちは、ひとつひとつの部品を、一生懸命につくっています。お客さんの評価が悪いときは、厳しいクレームがきます。でも、良い評価はこないんです。

 ものづくりをしている人間のモチベーションをあげるには、自分が何をつくっているのかを理解することが重要です。そして、お客様から「良くできていたぞ」と評価されれば、モチベーションはぐんぐんあがります。

 だから、うちは、個人のお客さまからの依頼をお引き受けするのです。一生懸命につくったものが、だれかの役に立つことができた、よし頑張ろうって。「ありがとう」の一言をいただければ、苦労なんて吹き飛んでしまいます。

 金属加工でお困りのことがありましたら、浜野製作所にご連絡ください。個人、法人、もちろん問いません。せいいっぱい、対応させていただきます。

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