〈仕事のビタミン〉中里良一・中里スプリング社長3

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中里良一(なかざと・りょういち)。中里スプリング製作所の2代目社長。1952年、群馬県高崎市に生まれる。東京の大学を卒業後、商社勤務をへて、家業に。理想の町工場づくりが共感を呼び、全国で講演している。長島一浩撮影

■取引も「好きか嫌いか」で決めます

 群馬のバネ工場から、こんにちは。さて前回、社員の採用基準は「好きか嫌いか」、というお話をしました。今回は、これです。

 「取引を続けるかどうかの基準も、『好きか嫌いか』である」

 お分かりですね。要は、うちでは、すべての判断を好き嫌いで決める、ということです。

 たくさんの方に、嫌でも我慢してやるのが仕事だろ、と指摘されます。でも、わたしは、こう反論します。

 「みなさんは好きな学校に行き、好きな部活をして、好きな人と結婚したでしょ。なのに、なぜ仕事になると、好き嫌いじゃなく損得で考えるんですか?」

 たとえば、あるお客さんが、おまえは下請けだろ、仕事を回してやってるんだから有りがたく思えと、うちの会社を見下しているとします。社員は、そのお客さんを尊敬できないし、頭を下げたくない、顔も見たくない。そんなとき、うちの社員は、取引をやめる申請書を書きます。わたしがチェックし、現場をみて、こんな取引先は好きになれない、と判断したら、取引をやめます。

 そのお客さんが上場している大企業だろうが、その取引がなくなったら経営が苦しくなろうが、スパッと縁を切ります。

 かつてわたしは、商社で営業マンをしていた経験があります。成績があがると臨時ボーナスをもらうことがありました。もらった時はうれしい。けれど、次の日、あまり好きじゃないお客さんのところに営業にいくと、気持ちが一気にブルーになってしまう。嫌いなお客さんに頭をさげて品物を売るのも、営業の仕事かもしれません。金銭的には豊かになるかもしれません。でも、自分を必要としてくれるお客さんに全力投球すると、精神的な満足感が違うんです。

 中小企業、町工場の社員って、親会社の言うことに無条件で従うことが多い。なので、どうしても気持ちが貧しくなってしまう。小さな会社で払える給料って限られています。給料だけで社員を幸せにするのは無理です。だから、給料のうえに、気持ちの豊かさをトッピングしてあげたいのです。

 でも、嫌いなお客さんを切るだけだったら、会社はつぶれます。お客さんを切ったら、その分、新しいお客をつくらなければならない。多くの会社では、社員が営業をします。だから社員は、俺が新しいお客なんかとれっこないなあ、と思い、嫌なお客を我慢してしまう。

 うちは、社員は取引先を切るだけ。営業をするのは、わたしだけです。1社切ったら10社開拓するノルマを、わたしは自分自身に課しています。どうやるのかですって?それは、こうやっています。

 わたし、全国各地から講演を頼まれます。旅費は講演の主催者が払ってくれるし、多少の手当ももらえる。だから、講演する場所やその近くで、飛び込み営業をします。この手法で、わたしは取引先を400社ぐらい開拓してきました。

 講演にいくと、わたしのような町工場の人間でも、「先生、先生」って呼ばれてしまう。そのままいい気持ちで群馬に帰ると、本業をおろそかにしている本当の大バカもんになってしまう。飛び込み営業をすると、初対面の人から、厳しい指摘を受けることがある。それで、経営者の気持ちに戻れるんです。うちってたいしたことないな、でも負けずにがんばらなくっちゃって。

 みなさんの中には、夢みたいな話をしやがって、と思う方もいるでしょう。では、こういうのはどうですか。うちの工場では、こんな会議をしています。その名は「夢会議」。その中身は……、次回次回。

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