「リケジョ」超え、自らの足で歩む 朝日教育会議

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 ■東京理科大×朝日新聞

 朝日新聞社が8大学と共催して展開する大型教育フォーラム「朝日教育会議2022」がスタートした。第1回の東京理科大学のテーマは「リケジョ(理系女子)を超えた未来へ」。心理的・物理的なジェンダーギャップを軽やかに超えていけるサイエンス人材の育成について、語り合った。

 【9月25日に開催。インターネットでライブ動画配信された】

 ■基調講演 先入観なく、「やりたい」原点に戻って 東京理科大学特任副学長・向井千秋さん

 リケジョを超えて、自分らしく――と言われても、自分らしさって難しいですよね。

 60年以上前、小学生のころですが、私の家はカバン屋をしていました。モスグリーンのランドセルが試供品にあって、父が使えと。女子は赤、男子は黒と決まっているような時代に1人だけ緑色のランドセルを背負っていくと、「ガマガエル」っていじめられたんです。だからはじめは嫌だったんですが、あるときふと「緑色は私しかいないじゃないか」と気付いたのです。緑色は千秋だ、と。するとそのランドセルが宝物になってしまった。堂々としていたら、今度はいじめっ子たちから「緑色のが欲しい」と、うらやましがられたんです。ポジティブな生き方一つで、周りの見方もずいぶん変わるのですね。

 私は仕事としてまず医者を目指しました。学力があるかどうかよりも「患者さんを治したい」という気持ちは誰にも負けない。そう思っていました。医者になって一番学んだことは、生きていることの美しさかな。男でも女でも年を取っていても名声があっても、病気になれば苦しい。病院で生まれて、すぐ亡くなる子もいる。夢をもっていた人たちができなかったことを、自分は命があって元気なら、やったらいいと思った。

 「宇宙から地球を見たい」。そう思って宇宙飛行士になりました。乗組員で日本人は1人、女性としても1人。国籍や人種や性別は関係なく、責任をもって仕事ができるから選ばれていると思ってミッションを果たしました。「○○だからできない」というのは、逃げ道をつくっている可能性がある。私自身は、「日本人だからできない」「女性だからできない」といった考え方で仕事をすることはありませんでした。

 宇宙の仕事場は本当に面白かった。重力がない。万有引力などを勉強したつもりでも、実際に体験すると本当に不思議な世界でしたね。でも、地球に帰ってきたら重力があって、滑る、転ぶ、上がある、下がある。それが当たり前の世界。重力を外したときに面白いことが起こるということを拡大解釈すると、自分たちは、知らない間に物事を先入観で見ているのではないかと気付いたんです。アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)とも言えるのですが、何事も当たり前だと決めつけないようにしようと思いました。

 宇宙の仕事を終え、今は東京理科大学にいますが、やはり教育の力は大きいと感じます。子供が教育を受けられない国がある中、日本は自らが望めばどんな教育でも受けられ、身につけさえすれば自己実現できる。教育は夢をかなえるツール。このことをぜひ皆さんに伝えたいです。

 リケジョと言っているうちは、理科をやっている女性が少ないというマイノリティーの囲いの中にいますが、囲いを超えれば理系だけじゃなくていいと思うのです。今はリベラルアーツ(教養)の分野で色々な学問が融合し、一つの分野だけでは進められなくなってきています。原点に戻って「何をやりたいか」を考えてみてください。私も自分らしく生きることに今でも悩むことがありますが、「自らの足で歩く」ことが自分らしさにつながるのではないかな、と思っています。

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 むかい・ちあき 1952年生まれ、群馬県出身。日本人女性初の宇宙飛行士。医学博士。2度スペースシャトルに搭乗。2015年に東京理科大学副学長。16年から現職。スペース・コロニー研究センター長などを歴任。同大ダイバーシティ推進会議議長も務める。

 ■パネルディスカッション

 パネルディスカッションでは、向井千秋さん、東京理科大学の瀬木恵里教授、佐藤圭子准教授、同大学4年生で会社経営をする浮田亜寧さん、クリエーティブディレクターの辻愛沙子さんの5人が登壇した。(進行は小川詩織・朝日新聞西部報道センター記者)

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 ――「リケジョ」という言葉に、皆さんはどんなイメージを持っていますか。

 浮田 中高は女子校で、半分くらいが理系進学者でした。リケジョというワードがあるということは、女性の理系進学者の少なさが問題視されていて、社会に需要があるんじゃないか。人数が少ないからこそ活躍の場があるんじゃないか。そんな武器のようなイメージで考えています。

 辻 トレンドになり得る言葉を作ったり書いたりする仕事をしていると、言葉の持つ危うさのようなものを感じます。よく「女性起業家」とか「女性ならではのビジネスアイデアを」のような言われ方を私もされますが、リケジョという言葉があることで、もしかしたら個人よりも、女性としてのくくりの色が強くなってしまう。リケジョが増えて当たり前になり、この言葉が無くなる時代が来たらいいなと思っています。

 ――実際に研究の道にいる女性の先生方はいかがでしょうか。

 佐藤 リケジョのイメージとしては、理系に進んでいる女性という言葉そのままに捉えています。「リケダン」っていう言葉は無いので、女性が少ないからそういう言葉が使われて注目されていると、私はいいイメージをもっています。

 瀬木 理系のいいところは、課題を見つけて仮説を立てて実証し、しかも自然という天然の教師がそこにいるという心強さがあること。理系分野以外の全ての職業にもつながる。すごくよいトレーニングの場だと思っています。

 ――研究者としての苦労や変化は感じますか。

 佐藤 東京理科大で私が所属する学科でみると、自分が大学生だったときは教員は全員男性でしたが、今は19人の教員のうち女性の教員は4人います。また、以前は、女性用トイレが各階には無いのに、男性用はありました。今は各階に同じ数だけきれいなトイレがあります。そんな身近な変化に気付きます。

 瀬木 東京理科大に着任して7年目になります。研究者という仕事の自由度は魅力だなと思います。小学生の子供の学童を考えたとき、会議もさくっと午後6時前には終わり、どんなに遅くても午後6時半には大学を出ることができる。非常に働きやすい感じがしました。理科大に関わらず研究者という職業は、自分の裁量で研究、家庭を振り分けることができます。

 ――リケジョを超えた未来とはどういうものでしょうか。浮田さんは在学中に起業されていますが、夢を見つけた感じでしょうか。

 浮田 小学生のころから、算数で物事が一つに捉えられたり、身の回りの現象が物理や化学で解明されたりする面白さを感じていました。理系科目がすごく得意というわけではなかったので悩んだのですが、やっぱり好きなものを突き詰めていこうという思いで進路選択をしました。そのおかげで、今はデータサイエンティストとか、自分が受けた学びを伝えていきたいという夢を見つけることができました。自分を大事に考えていると、さらに進んだ先でやりたいことを見つけられるんじゃないかな、と実感しています。

 辻 大学で選んだ学部は文系と理系のちょうど間ぐらいでした。デザイン、グラフィック、プログラミング。色々なことができて、文系・理系で分けられない場所に行きたいと思っていました。令和に入り、「いっぱしの何者かになれ」という価値観が強くなっているように感じます。SNSで同年代のすごい人のツイートがきて、私も何者かにならなきゃといった焦燥感があおられる時代です。何者かになりたいという目標は大事ですが、それだけでは成功か失敗かの二極になってしまう。世の中って、人との出会いとかちょっとしたことで変わっていくと思うのです。向井さんのように、医者から宇宙飛行士になるっていうキャリアもあるんですよね。

 ――視聴者から、「『やりたいことが理系』という考え方は甘いですか?」という質問です。

 向井 もしも、「女性だから社会に認められないんじゃないか」と思っている人がいたら、理系に進むのはすごくよいかもしれません。知識や技能を認定されればライセンスが取得できて、どこででも働ける。ロジカルに起承転結をきちんと考えていくことは、どういう世界であれ、非常にいい訓練になります。

 ただ、理系・文系という枠組み自体がもう古いかもしれません。新型コロナウイルス地球温暖化といった人類共通の敵に対しては、政治も科学的情報も経済学も必要で、一つの学問だけでは解決できません。ある分野を社会に役立てていこうとすれば、必ず連携が必要になり、枠や線引き自体があまり意味のない時代になってきています。リケジョの枠を超えて、人として生きていく社会。みんなで楽しく肩の力を抜いて限られたリソース(資源)をうまく使い、地球を運営していこうっていう社会になればよいなと思っています。

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 せぎ・えり 東京理科大先進工学部教授 1972年生まれ、岐阜県出身。専門は神経薬理学、生体制御学。米エール大学博士研究員として留学中、育児と研究を両立している研究者の多さに励まされる。2015年東京理科大基礎工学部准教授に着任。21年より現職。

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 さとう・けいこ 東京理科大理工学部准教授 1973年生まれ、静岡県出身。専門は、情報科学の手法を使って生命情報を数理的に考察する生命情報学。主な研究は、分子配列データ解析など。オープンカレッジで、社会人~高校生へ幅広く科学の面白さを紹介している。

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 うきた・あね 宇宙の学び舎seed代表取締役CEO 東京都出身。東京理科大理工学部経営工学科に在学。「他の分野に広がる宇宙の学び」への魅力、「学生の中で学びを循環させる仕組み」の大切さを感じ、学生が宇宙教育を行う会社を設立し、講演やワークショップを展開中。

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 つじ・あさこ arca CEO/クリエーティブディレクター 1995年生まれ、東京都出身。社会派クリエーティブを掲げ、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエーター。2019年秋より報道番組news zeroに水曜パートナーとしてレギュラー出演中。

 ■ランドセルのように、枠とらわれぬ社会へ 会議を終えて

 理系に進む女性が少なく、珍しがられる存在でもあることから使われる「リケジョ」という言葉。今回のフォーラムは、この言葉をあえて取り上げ、「リケジョ(理系女子)を超えた未来へ」をテーマに設定した。

 私自身も大学で理系を選択した「リケジョ」だ。講演や議論を聞きながら、気付かぬうちに「理系だから」「女性だから」といったバイアスをかけている時もあったかもしれないと、改めて自分の行動や発言を省みていた。

 向井千秋さんが講演で、小学生のときに緑のランドセルを背負っていたと話していた。「緑は私だけだったが宝物になった。みんなと違うことに堂々と胸を張ることができた」という。最近では、小学生たちが背負うランドセルの色は水色、黄、オレンジなど様々だ。もう「男の子は黒、女の子は赤」という時代ではなくなってきている。

 登壇者の5人は自分の進みたい道を選び、楽しみながら突き詰めていると感じた。好きな研究や仕事の話をする姿は、とても輝いて見えた。文系と理系、男性と女性といった枠にとらわれず、誰もが自分らしく生きていける。そんな社会にもっと近づいていくことを期待したい。小川詩織

 <東京理科大学> 1881年設立の東京物理学講習所が起源。「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」を建学の精神に掲げる。2023年4月、理工学部が創域理工学部に名称変更、先進工学部には「物理工学科」「機能デザイン工学科」の2学科を新設。東京、千葉、北海道の4キャンパスで7学部33学科となる理工系総合大学。

 ■朝日教育会議2022

 8大学と朝日新聞社が協力し、社会が直面する様々な課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者や視聴者と課題を共有し、解決策を模索します。概要と申し込みは特設サイト(https://aef.asahi.com/2022/別ウインドウで開きます)から。すべてのフォーラムで、インターネットによる動画配信をします(来場者募集の有無はフォーラムによって異なります)。共催大学は次の通りです。慶応義塾大学成蹊大学拓殖大学、千葉工業大学、東京理科大学、法政大学、名城大学、早稲田大学(50音順)

 ※本紙面は動画配信をもとに再構成しました。

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