難問ばかり、この世界で 侵攻が映す転機、読み解く補助線 朝日地球会議2022

[PR]

 ロシアのウクライナ侵攻は、冷戦後の国際秩序が転機を迎えたことを告げている。公正で活力ある資本主義を再構築し、民主主義を守るために何が必要なのか。欧米を代表する識者4人が登壇する「世界の知が読み解くコロナ後の時代」では、それが焦点になる。

 まず、ブランコ・ミラノビッチ、エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、マルクス・ガブリエルの各氏に朝日新聞記者がインタビュー。次いで、聴衆を招いた会場でその動画を上映しながら、長野智子さんをコーディネーターに、取材をした記者と日本の専門家が議論を深める。

 グローバル化や格差の研究で知られるミラノビッチ氏は「ロシアのウクライナ侵攻は『ポスト冷戦(冷戦後)期の終わり』を意味している」と指摘する。

 ソ連崩壊後、ロシアの挫折と米国の圧倒的覇権のもとで、世界はグローバル化へと突き進む。ITや金融の技術革新と相まって、マネーや知識は自由に国境を越えた。それは中国の劇的な台頭をもたらす一方、先進国内の格差を広げ、民主主義を揺さぶり続ける。

 ミラノビッチ氏は、この過程で「資本主義が唯一の社会経済システムになった」と論じる。ただ、その内実は一様ではない。米中が代表する「二つの資本主義」に収斂(しゅうれん)しつつあるというのだ。

 米国型の「リベラル能力資本主義」は、学歴や地域による格差の広がりで内側から動揺した。それに挑むのが中国型の「政治的資本主義」だ。「法の支配」を欠き、国家へのチェックが働かない一方、効率的な官僚制のもと経済成長を実現してきた。

 「ウクライナ侵攻で、ロシアは事実上、ポスト冷戦秩序から離脱した。ただ、ロシアは従来に代わる政治経済システムを何ら示せていない。はるかに深刻なのが中国の挑戦だ」

 米国型、中国型の資本主義は、ともに格差や腐敗を生み出す病理を内包している。米国型ではグローバル化の恩恵を一手に受けたエリート層は倫理観を失い、社会の分裂が深刻化した。

 一方、エリート層に権力を集中させる中国型には、そもそも腐敗と不平等がつきものだ。政治的発言権のない国民の不満が、抑えられなくなるかもしれない。

 ミラノビッチ氏は「日欧は、米中対立を和らげる役割を果たせばいい」と語る。日本にこそ求められる精神や戦略について知見を求めたい。

     *

 米中対立が際立つ中、重みを増すのが欧州からの視点だ。

 世界は第3次世界大戦に突入した――。トッド氏はそう踏み込む。米国がウクライナを軍事支援したことで、米ロの衝突はすでに始まっているとの立場だ。

 トッド氏は人口動態や家族構造、識字率などのデータを基に、政治や社会を独自の視点で分析してきた。かつてソ連崩壊を予言した時に用いた「出生1千件あたり乳児死亡数」でロシアは2019年に5人を下回り、米国を逆転している。経済協力開発機構OECD)の統計によれば自殺率でも米国がロシアを上回った。米国の脆弱(ぜいじゃく)さが浮かび上がる。

 米国を筆頭に一部エリートが富や政治力を独占する「寡頭制」が民主主義を毀損(きそん)。分断や格差を広げ、中国などの全体主義を勢いづかせているとトッド氏は憂慮する。ウクライナ戦争が長引いて消耗戦に陥れば、かぎを握るのは経済力だ。中国の動向が戦争の行方を左右するとみる。

 もっとも、中国は急速に高齢化が進む。トッド氏は「中国の優位は一時的」とみており、日本にとって最大の安全保障も「少子化対策と移民政策」と説く。グローバル化に逆風が吹き、国家の輪郭が再び際立つ混沌(こんとん)の時代。トッド氏による次の「予言」はいかに。

     *

 アタリ氏はコロナ禍もまた「間違いなく戦争なのだ」と論じる。その「戦後秩序」の再構築にあたっては、健康や環境、農業など生命や暮らしにかかわる経済分野で、デジタル技術を生かした大胆な政策転換を図ることが重要だと説く。

 その基盤となるのは一人ひとりが内面の倫理を取り戻し、「利他主義」を回復することだという。

 資本主義の新たなあり方を模索するにあたり、「倫理」を重視するのはガブリエル氏も同様だ。倫理を「文化圏によって異なることのない、普遍的な価値」と定義。企業も社会も、収益だけではなくモラルの進歩を目指すべきだとする。

 ガブリエル氏は科学偏重にも警鐘を鳴らす。科学の進歩が宗教のように信奉された結果、化石燃料、原子力、人口過多など地球規模の問題が起きていると指摘する。

 かつて民主主義は、人間が支え合い、よりよく生きるという倫理や公共性の問題と分かちがたく結びついていた。その原点が改めて注目されているのはデジタル技術の急激な進歩ゆえかもしれない。

 ガブリエル氏は、コロナ禍をきっかけに、SNSのアカウントを削除したという。欧米ではデジタル技術への批判や警戒感が強まり、IT企業の進出にもしばしば反対運動が起きてきた。SNSは人を「非人間化」するという彼の主張をめぐっても会場で議論を深めたい。(青山直篤、吉岡桂子、宮地ゆう

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

  • commentatorHeader
    長野智子
    (キャスター・ジャーナリスト)
    2022年9月2日12時35分 投稿
    【視点】

    昨年に続いて今回もコーディネーターとして参加させていただいます。去年のマイケル・サンデルさん、福岡伸一さんとの鼎談でもそうでしたが、朝日地球会議の最大の見どころ、聞きどころは、各専門分野の傑出した研究者たちが、気候変動やコロナなど、人々が日

    …続きを読む