(パブリックエディターから)フォーラム面1年 課題解決、今後の展開に期待 湯浅誠

[PR]

 3年間の紙面審議委員を経て、4月からパブリックエディター(PE)に就任しました。事務局よりこのコラムの最初の執筆テーマを聞かれたとき、迷わず「フォーラム面」と答えました。

 フォーラム面は、朝日新聞が「信頼回復と再生」のための具体的な取り組みとして、PE導入とともに始めた紙面です。朝日新聞デジタルで募った読者コメントを踏まえながら取材を進めていく、双方向メディアの実践です。「ともに考え、ともにつくるメディアへ」を標榜(ひょうぼう)した朝日新聞社にとって象徴的な紙面だと言えるでしょう。読者コメントは多いときは5千を超え(「夫婦の姓」シリーズ)、読者から「『声』欄への投稿よりも敷居が低い」と歓迎する声も寄せられているようです。

 実際、この1年間の試行錯誤はなかなかに興味深いものでした。編集会議を公開で行う、読者が会議や取材に参加する、さまざまな解決策を模索する実践者の対話の場をつくる。読者コメントを参照するだけでなく、記事の作成過程にも読者を巻き込んでいく試みは、「ともに考え、つくる」ことの実験と言えるでしょう。

     *

 他方で私には不満もありました。「信頼回復と再生」の理念に「課題の解決策をともに探ります」と課題解決型メディア(ソリューションジャーナリズム)への展開が謳(うた)われているのに、フォーラム面はまだ「いろんな意見がありますね」という段階にとどまっていると感じたからです。今どき、世の中に多様な意見が存在することなど皆わかっている。それをどうするかという方向性がかすかにでも見えて初めて、それらを参照する意義も生まれるのに、併置するだけで「これからも取材を続けていきます」と締めるだけでは足らないのではないか、と。

 1年が経ち、これまでと今後をどう考えているのか、江木慎吾・フォーラム編集長に話を聞きました。

 江木編集長は慎重でした。「課題解決はフォーラム面の複数ある使命の一つ」とした上で、今はまだ幅広い読者や各部(政治部や社会部など)の積極的参加を得て、フォーラム面で見えてきた社会課題への新たな取り組みや視点が他の記事に生かされる紙面連動に至ろうとする段階だと説明しました。課題解決策に本格的に踏み込むには、十分に条件が整っていないという認識でしょう。ただ、春からの新紙面の紹介記事(3月20日付朝刊)では「議論の中で浮かび上がった課題の解決策を、みなさんとともに探る取り組みを強めていきます」とも書いてあります。意気込みとしては目指したいということでもあるでしょう。

 気持ちはあるのに条件が整っていないのだとしたら、そこには何が欠けているのでしょうか。

 実は、江木編集長への取材で一番印象深かったのは、フォーラム面担当者の少なさでした。大所帯のオピニオン編集部の片隅に、江木編集長とデジタルの兼務の担当者がいるだけ。記者はフォーラム面のテーマごとに各部から集まるそうです。

 私は「信頼回復と再生」に向けた目玉の一つとして打ち出されたフォーラム面がそんなに小さな所帯で企画・運営されていると思っていなかったので、意外でした。取材はやはり、現場に足を運んでみないとわからないものです。

     *

 担当者の気概は十分だが態勢が不十分で、期待通りのパフォーマンスを出せないというのは、組織にはよくあることです。仮にそうした問題があるのだとすれば、目玉として打ち出したフォーラム面を全社的にバックアップするリーダーシップが不足している可能性も否めません。

 もちろん、与えられた条件で最高のパフォーマンスを出すのが担当者の腕の見せどころだろ、という意見もあるでしょう。潤沢な予算と人員を割いてもらっている部署など、世の中のどこを見回してもないのだ、と。新しい部署が「浮きやすい」のも、よく聞く話です。

 社論のあり方が注目されがちな新聞社も、一つの会社として組織に共通する制約や軋轢(あつれき)を抱えている。あたりまえのことですが、実際に訪れるまで、私は十分に思い至っていませんでした。

 江木編集長は「あえて1人で担当している。各部の記者が自発的に参加してくれるようになることが大事」と強調しつつ、「新しい器(フォーラム面)をつくって何でもやってみてくれと言っても、最初はなかなか記者から手が挙がらなかった」と嘆いてもいました。

 企画を持ち込む記者たちの気概と、それをバックアップする組織の雰囲気がかみ合えば、フォーラム面の試行錯誤は読者参加型のソリューションジャーナリズムという新しい形を切り開く可能性がある――私はぜひそれを見てみたいと思います。

     ◇

 ゆあさ・まこと 社会活動家。法政大学現代福祉学部教授。1969年生まれ。2008年末に「年越し派遣村」村長。著書に「反貧困」など。

 ◆原則、第3火曜に掲載します。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら