能登半島地震で被災した石川県珠洲市の大口史途歩(おおくちしずほ)さん(51)は、視覚に障害がある。
地震直後に避難した近所の小学校の教室は、人々が密集し、足が伸ばせないほど。精神的にも身体的にも限界を感じた。
何よりつらかったのが、トイレだ。
避難して数日後、教室で便意に襲われた。
廊下には物資や机などが置かれ、白杖(はくじょう)が振りづらい。兄(52)の助けを借りながら、何とかトイレにたどり着いた。
洋式便座の位置を把握しようと手を伸ばすと、柔らかい何かに触れた。
「何を触ったんだ」
臭いから汚物だとわかった。ウェットティッシュで拭いても臭いは消えない。断水している中、貴重な飲み水で手は洗えない。
「もうトイレにはいきたくない」
日中は自宅に戻って、畑で用を足した。避難所では食事も水分もできるだけ控えた。
それでもトイレに行かざるを得ない時もあり、その後も何度か汚物に触れた。
大口さんは進行性の難病で、数年前から急激に視力が低下し、視野も狭まった。
手の届く範囲に人がいても、ぼんやりと形が浮かんでくる程度だ。
避難所では1人で自由に移動できない。「そこにいるだけの存在」のように感じた。
小学校で10日間ほど過ごした後、1・5次避難所となっている金沢市の体育館に移った。
ただ、ここでも「移動の自由」はなかった。
体育館にはテントが並び、プライベート空間は確保されていた。衛生環境も良かった。
ただ、狭すぎた1次避難所に比べ、広すぎて、移動の際の目印となる壁が遠かった。
テントを頼りに移動しようとしたが、車いすにぶつかったり、他の被災者の頭に触れたり。1人での移動はあきらめた。
体育館に移って2日後、2次避難所のホテルへと移動した。
これまでの体験を踏まえ、視覚障害者の友人に思いを伝えた。
「みんなが大変な状況だからこそ、周りに頼れなくなる。だから、1人で歩きたい」
思いを知った仲間が紹介してくれたのが、金沢工業大の松井くにお教授だ。
AI(人工知能)技術を活用した視覚障害者の支援について研究している。
松井教授は、大口さんが過ごすホテルに、自身が開発したシステムを導入することを提案してくれた。
点字ブロックにスマホのカメラをかざすと、スマホが周囲の状況などを読み上げる「コード化点字ブロック」だ。金沢市を中心に東京の小田急線の駅など200カ所以上で利用されている。
松井教授が1月下旬にホテルを訪れ、紙に印刷した点字ブロックを壁に貼り付け、案内情報をサーバーに入力するなど導入作業にあたった。
大口さんは自室からホテルのロビーまで、1人で自由に行き来できるようになった。
松井教授は「避難所など現場の情報をボランティアなどに把握してもらい案内情報を入力することで、スムーズに支援が行えるのでは」と話す。
「移動の自由」を取り戻し、「心のゆとりもできた」と話す大口さん。ただ、生活再建に向け、次々と壁が立ちはだかる。
たとえば罹災(りさい)証明書…