「野良猫を減らすため」不妊・去勢手術続けて40年 獣医師の挑戦

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太田匡彦
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 福岡県みやま市に設けられた動物病院に昨年12月上旬の早朝、捕獲器に入れられた野良猫が次々と集まってきた。ボランティアらが雌雄の別や体重などを確認し、麻酔をかけたうえで、不妊・去勢手術のため手術台へと運ぶ。

 最初はキジトラ柄の雌猫だった。メスを手に、さっとおなかを切る。「傷口は小さく」。優しいまなざしで手元を見つめながら、そうつぶやく。手術の翌日には元いた場所に放つから、開腹幅は1センチ程度にとどめるようにしている。鉗子(かんし)や子宮つり出し鈎(こう)を自在に操り、最後は抜糸が不要な吸収糸でおなかをとじる。その間、10分足らず。雄なら1分もかからない。

 「速きゃいいってもんじゃないけど、猫たちはすぐに野良生活に戻るから、なるべく体への負担は減らしてあげたいと思っている。でもまあ、簡単な手術ですよ」。謙遜するが、その技術を習得しようと教えを請う獣医師は後を絶たない。「弟子」と呼べる存在が全国に100人をくだらない。

 元は神奈川県で動物病院を経営する普通の獣医師だった。大学卒業後、1974年に開業。「動物愛護精神なんてなかった。食っていくのに必死だった」と振り返る。きっかけは、病院を開いて約10年が経った頃に出会った一匹の野良猫。骨盤が折れ、胎児が死んでいた。手術して助け、飼い猫にした。「野良猫の一生は本当に過酷。かわいそうだよ。妊娠中でも子育て中でも、エサを求めてさまよわないといけない。一生懸命に子育てしていても、人間に捕まれば殺処分されちゃう」

 不妊・去勢手術をすれば猫はおとなしくなり、人間中心の社会でも共生しやすくなる。1代限りの生を全うしてもらいつつ、子猫が生まれることはなくなるから野良猫は減る。まず、野良猫の手術を5千円で引き受け始めた。当時でも麻酔料や入院費を除いた手術料だけで雄は1万数千円、雌なら3万円近く取るのが一般的。破格の設定だった。

 同じ頃、動物保護団体から相談されて出張手術も手がけるようになった。野良猫たちがいる場所に出向いて手術することで、より多くの数をこなせるからだ。捕獲(Trap)し、不妊・去勢手術(Neuter)をして元いた場所に戻す(Return)。野良猫を助ける取り組みのなかでも「TNR」と呼ばれる活動に没頭した。

なぜここまでできるのか 山口獣医師に聞いた

約40年にわたり、保護猫活動の最前線に「TNR」という形でたずさわってきた山口武雄獣医師。全国を飛び回る経費も含めて、手術にかかわる費用は実費程度しか受け取っていません。一方で、神奈川県内の自宅に帰れるのは月に1週間程度。なぜそこまでできるのか――。

 それから約40年、活動の最…

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    太田匡彦
    (朝日新聞記者=ペット、動物)
    2023年1月20日16時41分 投稿
    【視点】

     日本列島には弥生時代には既に猫が渡来していました。古墳時代には列島各地で、乾燥中の須恵器にあやまって足跡をつけてしまうくらい、猫がいました。平安京の遺跡では、道路の側溝跡のようなところからも猫の骨が出土しています。江戸時代の浮世絵には、外

    …続きを読む