記者コラム「多事奏論」 高橋純子

 我こそは聞く力がある者である。そう自称する男がいた。ある日、聞く力がある男は権力を欲し、魔女に口を捧げることでその座を射止めた。聞く力がある男は己の思想と、口が勝手に発する言葉とのギャップに苦しんだ……りはせず、思想はすぐに口の僕(しもべ)となった。ある日、聞く力がある男はかつての自分を知る者に「あなたらしくない」となじられた。しかし聞く力がある男はすでに、「自分らしい」とはどういうことか思い出せなくなっていた――。私が最近よく見る夢の話、悲しいお話である。

 【転向】①方向・方針などを変えること。②思想的立場を変えること。特に、共産主義者・社会主義者が官憲の弾圧によってその思想を捨てること。(「明鏡国語辞典」)

 このところ私は、少数派から多数派、権力を持つ側へとにじり寄っていくタイプの転向について考えをめぐらせている。

 転向者は往々にしてこう弁明する。

 だって権力を持たないと自分の理想を実現できないじゃないか。大丈夫、ちょっと「死んだふり」するだけで私自身は何も変わらないよ……。そう言って岸を渡ってなお理想を貫けた人を私は見たことがない。「死んだふり」をするうちに人は、本当に魂を抜かれてしまうものなのだろうか?

 転向は、思想の「偽死」ではな…

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